“無意識のトラウマ”を、どう認識すべきか?
自己認識の解像度を、どうやって高めていくといいのか?
自己認識の重要性を説く『insight』を読んで以降、この問いについて常々考えている。
以前に『ジョハリの窓から、「さらけだす」を再考』というnoteにも書いたが、自分は知らなくて、他人は知っている「盲点の窓(blind self)」にどう気づくのか。盲点は「気づきたい」と思っていても気づけないから難しい。
先日、Youtubeのチャンネル登録者数50万人を超える精神科医・益田裕介さんと対談する機会があり、新しい発見があった。
益田さんとの対談では、クリエイターが抱えてしまいがちな心の問題をテーマに話をさせてもらった。
作品を作っていると、どうしても他人と自分を比べてしまう。自分と同じくらいの実力やポジションだと思っていた人が、あっという間に成長して、評価を得ていく。そうした姿を横目で見て、「自分には、才能がないんじゃないか」と自分を情けなく思い、作品を作る手が止まってしまう。そういうクリエイターを数多く見てきた。
情けないと思うこと自体は悪いことではない。そこを出発点に、自分の足りない部分を客観的に見つめ直して、行動していけば良いだけだ。むしろ、そう思えることは向上心を持っている証拠でもあり、そのこと自体はポジティブに捉えることもできる。
問題なのは、「自分を情けない」と過剰に思ってしまって、目の前の事実を客観的に見ることができない状態にある人だ。ある種、脳が感情にジャックされてしまっている状態と言える。
益田さんによると、そうした状態に陥りがちな人の多くは、過去の記憶と目の前の現実を結びついてしまって、自分を追い詰めてしまっているらしい。
例えば、親に「あなたは本当にダメな子ね」と叱責されてきた経験があると、無意識のうちに「自分はダメな奴」というラベルを自分に貼ってしまい、そういう目線で物事を捉えてしまう。ちょっとうまくいってないだけなのに、過去の記憶と結びつけて、過剰に自分がダメだと思ってしまう。
そうしたトラウマや囚われを自分が持っていることに気づくこと。今の目の前と出来事と、明確な理由がなくても結びつけてしまって、過剰に反応してることを見つける。それが、メンタルを健全に保つための鍵となる。
では、どうやってトラウマを見つけるのか?
精神科医が患者のトラウマを発見するというと、様々なカウンセリングの技法を用いながら、「これがあなたのトラウマじゃないですか?」と鋭く指摘し、「確かにそうかもしれません!」と患者がハッとするシーンをイメージするかもしれない。
でも、そんな劇的なことは起きない。そのような時の指摘は、逆に間違ってる。患者が指摘されていきなりすごく腑に落ちるようなことは、本当のトラウマじゃないそうだ。
むしろ、誰が見ても、明らかなこと。明らかすぎて、本人が気づいてないとは思えないこと。なのに、指摘すると本人は「そんなことはない」と抵抗してしまうもの。
それこそがトラウマだ言う。
基本的に、トラウマと向き合うのはすごく苦しい。だから、他人から指摘されると、否定したくなってしまう。トラウマをトラウマとして認識することは、簡単にはできないのだ。
でも、その葛藤を乗り越えて、他人からの指摘に耳を傾けてみる。「もしかしたら、自分の思考はこの時の経験に影響を受けているのかな?」と、自分を見つめ直していく。
それが、トラウマを見つけていく行為なのだ。
この話を聞いて、ハッとさせられるものがあった。まさに「盲点の窓(blind self)」を見つけていく行為そのものだと感じた。
『宇宙兄弟』で、「2人以上が同じことを褒めてくれたなら、それは間違いなくお前の真実だ。信じていいんだ」というセリフがある。
でも、褒められる場合じゃなくても、同じことが言えるかもしれない。2人以上から指摘されて、なおかつ自分としては「そんなことない」と抵抗感を感じるもの。それこそが、自分だけが気づいていない、自分の思考の癖の可能性がある。
ぼく自身、多くの人から指摘されながらも、自分としては「そんなことない」と思っているものが幾つかある。
自分の心の中の言い訳を全てストップし、そうした指摘を受け入れてみて、自分と向き合ってみようと思った。
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コルク佐渡島の『好きのおすそわけ』
『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…
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