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コルク佐渡島の『好きのおすそわけ』

『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡島庸平の思考を「おすそ分け」していくマガ… もっと読む
表では書きづらい個人的な話を含め、日々の日記、僕が取り組んでいるマンガや小説の編集の裏側、気になる… もっと詳しく
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記事一覧

「私らしく」とは、本当に大切なのか?

自己啓発本の帯を見ると、「私らしく生きる」とか「自分らしく働こう」といったメッセージをよ…

他人への印象なんて、どれもいい加減

他者を理解するとは、どういうことだろう? ある人の行動が、その人の性質によるものか、環境…

言葉の語源を遡ると、違う景色が見えてくる

思考は言葉でできている。言葉に敏感になり、言葉への解像度を高くすることは、自分の思考を深…

「もう死にたい」という気持ちの裏側

平野啓一郎の小説『空白を満たしなさい』がドラマ化する。NHKの土曜ドラマで、6月25日(土)か…

相手に対して"こだわりが足りない"と思ったら

ぼくの知人で、ものすごく気遣いができる人がいる。 あまりにも気遣いが素晴らしいので、「世…

"嫉妬に苦しむ"という感情の正体

新人マンガ家と話していると、嫉妬に苦しむといった相談を受けることがある。月に2回、水曜に…

マンガ編集における、無刀の境地

「我が剣は、天地とひとつ。故に剣は無くともよいのです」 井上雄彦の『バガボンド』で、剣聖と呼ばれる上泉伊勢守が、若くて血気盛んな柳生石舟斎に諭すように語りかけるセリフだ。 相手に勝つとか、自分の強さを誇示したいとか、そうした理由で剣を振るっている石舟斎に、「そんなことのために剣は、武はあるのかね?我々が命と見立てた剣はそんな小さなものなのかね?」と伊勢守は問いかけていく。 技術をただ追求する者と、その道の熟達者では、見える景色や住んでいる世界が全く違う。そのことを見事に

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正しさへの妥協が、作家の味を生み出す

創作に関わっていると、「味がある」とは何かとよく考える。作家性とも言えるかもしれない。 …

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昔と違って、“虚無主義”に陥らない理由

今から振り返ると、中学から大学くらいまでの間、ぼくは「虚無主義」に陥っていた。 メタ的な…

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創作とは手紙であることを、改めて実感

新人マンガ家との打ち合わせで、ぼくは「手紙」を喩えによく使う。 マンガ家でも小説家でも、…

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技術ではなく、技能を熟達させた先にあるもの

「編集者を育てるには、薫育(くんいく)しかないんだよ」 最近、マンガ編集者として、そして…

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どうすれば、呪いのような「小言」を言わなくなるか

言葉が持つ力について考える。 言霊と言うべきか。その言霊の力まで理解して、言葉を使わない…

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「メディアと市場のAIDA(あいだ)」とは何か?

昨年10月から、松岡正剛さんが主催する私塾に参加している。 以前、「具体と抽象を行き来する…

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型を極めると、どんなジャンルでも、傑作が生まれる

料理と創作は似ている。 新人マンガ家に、料理の喩えで創作の話をすることがある。包丁の使い方、食材の特徴を覚えて、「炒める、焼く、蒸す、揚げる」という基本動作を学び、レシピをたくさん覚えると、オリジナルの料理が作れるようになる。 才能があれば、食材に触れてみて、直感で作った料理が独創的なんてことは起きない。でも、不思議なもので、創作はそれができるとみんな思ってしまう。いや、神が降りてくるような唐突な創作の方が尊いと思ってしまっている人がいる。 創作でも、「型」を覚えること

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