見えないものに気づく、大胆なポジションチェンジ
何かが「無い」ことに気づくことができても、何かが「ある」ことに気づくのは難しい。
ありがたいのだ。
ひとり暮らしをして、はじめて親のありがたみを知るように。
海外旅行に行って、はじめて日本のインフラの利便性、文化の豊かさを知るように。
あることの存在に気づくには、「視点」を変えるしかない。
例えば、妻に遠出の予定が入り、ぼく一人で子どもたちを見ないといけない時、普段は気づけなかったことが沢山見えてくる。
以前に『生活リズムを揃えるが、協力関係を築く基盤』というnoteに詳しく書いたが、家族全員の生活リズムを揃えるのは簡単ではない。
みんなで朝食を食べて、昼飯を食べ、夜ご飯を食べる。この当たり前のように行われていることも、実はものすごく難しい。他にも、子どもたちを着替えさせたり、お風呂に入らせるのも、簡単なようで簡単ではない。
いつもは妻が子どもたちに声がけをしてくれたり、子どもたちが動きやすくなるように様々な工夫をしてくれている。そのことに気づき、感謝の思いが自然と湧いてきた。
視点を変えることで、いつもは見えていなかったものが見えてくる。何事においても、すごく重要な考え方だと思っている。
サッカーマンガの『GIANT KILLING』のなかに、いつものポジションを入れ替えて、選手たちに練習試合をさせるシーンがある。FWの選手がDFをやったり、DFの選手がGKをやったり。
そのポジションから見ると、普段の自分のポジションはどう見えるのか。どういう声がけがあると、相手は動きやすいのか。そうした新しい視点を、それぞれの選手が学んでいくことで、チームの相互理解が増していく。
編集者という仕事においても、普段とは違う視点に立つポジションチェンジは重要だと思う。
例えば、ぼくは著書を何冊か出版しているが、これもそのひとつと言える。
普段は編集者をしている自分が、本を書く側に回る。そして、自分の原稿を編集者に送って、フィードバックをもらう。そうすると編集者の些細な言葉や振る舞いに、本を書く側は意外と影響を受けることがわかってくる。
編集者からの声がけひとつで、モチベーションが上がる。原稿を受け取った時の返信の仕方ひとつで、相手への信頼感が増す。逆に、こういう風な対応をされると、少しイラッとする。
そんな様々な気づきによって、普段の自分の仕事ぶりはどうだろうかと、言動や振る舞いを見直したりしている。こうした学びは、体験から得た貴重な財産だ。
そして、現在、新しく取り組んでいるのが、マンガ家と編集者のポジションチェンジだ。
これまでは、「マンガ家の視点に立ちたい」と思っても、マンガには絵の技術が必要なので実現できなかった。でも、現在は違う。誰でも簡単にマンガがつくれるサービスが登場したり、生成AIがイラストを作ってくれるようになった。ぼくでも、マンガ的なものが作れるようになった。
それで、ぼくが作った素人マンガを、マンガ家の羽賀翔一君に提出し、添削をしてもらうという企画をYouTubeではじめた。
マンガを描きはじめたばかりの人や、マンガを描くことに興味がある人。そうした人たちに向けて、「マンガを描くことの面白さ」や「マンガ表現の奥深さ」を伝えていきたい。
そう思ってはじめた企画なのだが、ぼく自身、学ぶことがすごく多い。
ぼくがマンガを作るときは、「伝えたいこと」をまず決める。次に、それを伝えるには、どういうセリフや絵が必要かを、Chat-GPTと相談する。そして、その内容をコマに割り振っていきながら、ネームをつくっていくのだが、なかなか上手く進まない。
コラムで書けばいいような文章を、ただコマに割り振って、絵を添えただけのような仕上がりになってしまう。編集者のぼくが、新人マンガ家に「やってはいけない」と伝えている内容を、ぼく自身で再現してしまっている。
そんな原稿を羽賀君に提出するのだが、羽賀君が添削してくれた原稿を見ると、毎回、羽賀君の才能に打ちのめされる。
伝えたいことが、わかりやすく表現されているだけじゃない。キャラクターの個性が惹き立つ細かい工夫や、遊び心が散りばめられていて、原稿を眺めているだけでも面白い。「これぞ、マンガだ」と思わず唸ってしまう。
もちろん、羽賀君のマンガ家としての才能は、ぼくは誰よりも知っているつもりだ。編集者として、10年以上、そばにいる。
でも、今回は視点が違う。マンガのど素人ではあるが、ど素人であるからこそ、羽賀君のスゴさを身をもって感じることができた。
また、羽賀君がどういうことを意識して添削してくれたかを聞くことで、羽賀君がマンガ家として大切にしていることに気づくこともできた。この企画を通じて、マンガ家の羽賀翔一の才能を、以前よりもより立体的に捉えられるようになった。
同時に、編集者という仕事についても、改めて考えさせられた。
編集者の役割は、ネームの直しを細かく指示することではない。マンガ表現はマンガ家のほうが圧倒的に詳しいので、そこはマンガ家経験者に任せたほうがいい。ちょっとやそっと、マンガについて勉強したくらいで、マンガ家には絶対に勝てない。
それよりも、編集者は、作品を多くの人に届けることに、もっと専念したほうがいい。作品全体として、テーマが明確になっているか。キャラクターの魅力が、ストーリー全体から伝わってくるか。そうした大局的な視点で、マンガ家にフィードバックを与えたほうがいい。
こうした考えは以前から持っていたが、羽賀君と一緒に企画をやることで、確信がより深まった。編集者というポジションの強みや、担うべき役割がより明確になった。
物事を見る枠組み(フレーム)を変え、違う視点で捉え、新しい発見や学びを得る。そうすることで、得られるインプットの量と質が変わり、価値基準が磨かれることで、アウトプットに大きな変化が生まれる。
新しい視点を得るためにも、普段とは違うポジションの経験は貴重だ。
今回、マンガ家と編集者という大胆なポジションチェンジを行ったが、こういった試みは人や組織を成長させるうえで重要だと、改めて感じた。
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コルク佐渡島の『好きのおすそわけ』
『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…
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