
基本信仰こそ、思考停止の元凶
コルクを創業して、もうすぐ10年だが、昔と現在で大きく変わったことがある。それは、新人マンガ家との打ち合わせの中身だ。
以前は、「どんなテーマの作品を描こうか?」「この一話を面白くするために、どこを直していく?」「もっと伝わりやすくするために、こういう技術を磨くといい」といった、目の前の課題に焦点を当てた会話が多かった。
でも、現在は違う。クリエイターとして長期的に成長していくため、どういう考え方や姿勢が大切なのか。そんな抽象的なことばかり話している。
ぼくと新人マンガ家との打ち合わせはZoomのアカウントをオープンにして公開しているけど、一見すると何の打ち合わせかよく分からないかもしれない。世間の人たちが抱いてるマンガ家と編集者の打ち合わせのイメージから、ほど遠い会話が続いていると思う。
コルクの体制が変わり、東京ネームタンクのごとうさんが加わってくれたり、それぞれの作家ごとに担当編集のメンバーがいるので、具体的なマンガの中身については彼らに任せている。
だから、一人ひとりのマンガ家が自立して成長できるように、心の姿勢を整えることに対話の主眼を置いている。
そこでいろんな方向で話していることが、すごくわかりやすくまとまっていて、完璧と思える本と出会った。
それが『上達論 基本を基本から検討する』という本だ。
ぼくは『バガボンド』の担当編集をしていた頃から、武の道を極め続ける甲野善紀さんに取材させてもらい、甲野さんの本も読んできた。
この『上達論』は、甲野さんのもとで武術を学んだ方条遼雨さんが、甲野さんの理論を解釈しながら書いたもので、これまでとは違ったアプローチで甲野さんの考えに触れることができる一冊だ。
この本では「上達」について、こう定義している。
「上達」とは、「それまでの自分」を更新する作業です
上達とは何かのスキルの習得することではない。終わりのない学びによって、自分を更新し続けられる状態にすることが上達なのだ。
では、上達し続けるための「基本」とは何か?
多くの人は「基本」というと「型」を大切にすることをイメージすると思う。どんな職業にも、抑えるべき型が存在する。基礎となる型を身につけることで、ある程度のパフォーマンスを継続的に発揮できるようになる。ぼくも「マンガを描くのに型を覚えよう」と繰り返し主張している。
だが、この本では、基本とは「型を守ることではない」という。むしろ、「基本が大事」という言葉のもと、既存の型に囚われ、自分を更新できなくなってしまっている人が多いと警鐘を鳴らしている。基本信仰こそ、思考停止社会の元凶とすら書いてある。
型を覚えた人が、どうやったら身につけた型を手放し、自らを更新できるようになるか。どうしたら守破離の「離」ができるようになるか。それが、この本で説かれている「基本」だ。基本の一歩手前の心の姿勢についてこの本は書いている。
やみくもに型に従うのではなく、自らをアップデート・アップグレードし続けられる状態を目指す。そのための「基本」とは何か。
この本では「自ら引き出す力」が何よりも大切だと書かれている。「与えられる」のではなく、自ら「迎えにゆく」。単純な事象から、いかに豊かな情報を引き出せるようになるか。引き出す情報の密度が変わるほど、学習能力や上達速度に大きな差が出てくる。
ぼくが特に共感したのは、引き出す力を高めるためには「与え過ぎない」が大事ということだ。丁寧に知識や技術を教えていくと、本人の思考力や引き出す力を逆に奪ってしまう。少し不親切なくらいのシンプルな環境ほど、引き出す力は高められる。
加えて、引き出したものを吸収するためには、「まっさらになれる能力」が重要と説かれている点にも共感した。自分の中に既にある知見から解釈をしない。理解したつもりにならない。『観察力の鍛え方』にも、判断保留の態度でのぞむことが大切と書いたが、重なるところが大きい。
「解釈」というのは、大なり小なり「自分の観点」という物差しを通し、「元の情報」を変形させてしまっているからです。「変形」しているという事は、元の情報が「劣化」しています。
そもそも、なぜ人間が既にある知見から解釈をしてしまうかというと、そのほうが考えずにすんで楽だからだ。でも、それは単なる思考停止であって、上達を止めてしまう。
ありのままに情報を、ありのままに受け止めてみる。判断保留の態度でものごとに接せられるかが、引き出す力を大きく左右する。
また、本に書かれている、以下の内容にも深く共感した。
つまり、数字・言葉・既存の概念などはこの世を明確にしてくれると同時に、「嘘」でもある事を忘れた時、大切な物を永遠に失うのです。
言葉や概念は何かというと、世の中にある物事をわかりやすくパッケージ化したものだ。言葉や概念を知ることで、自分の世界は広がっていく。だが、パッケージ化とは、何かしらを削ぎ落としていく行為でもある。
言葉を正しく知ることは重要だが、言葉の外にあるものをどう感じ取れるようになるか。それが熟達への道なのだ。
この他にも共感する内容ばかりで、コルクで一緒にやっている新人マンガ家は、ぼくと打ち合わせをするより、この本を繰り返し読んでもらったほうがいいのではないかと思うくらいだ。
この本は武術に興味がなくても、何かに熟達しようと思っている全ての人に役立つ本だ。一読をお勧めする。
今週も読んでくれて、ありがとう!この先の有料部分では「最近読んだ本などの感想」と「僕の日記」をシェア。日記には、どんな人と会い、どんな体験をし、そこで何を感じたかを書いています。子育てをするなかで感じた苦労や発見など、かなり個人的な話もあります。
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コルク佐渡島の『好きのおすそわけ』
『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…
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