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編集者としての気概を、問いただされた作品

世の中のあらゆるところで「エンタメ化」が進んでいる。

エンタメにおいて重要なのは没入感だ。派手な演出や巧妙な伏線を駆使し、続きを知りたいという期待感を高めることで、観客の目をコンテンツから離れないようにする。

そして、没入感を高めるために欠かせないのが「わかりやすさ」だ。複雑な設定や展開は、観客を混乱させてしまう。シンプルで直感的な表現を用いることで、観客は瞬時に物語に入り込み、感情移入しやすくなる。

だが、わかりやすさを追求する過程の中で、どうしてもこぼれ落ちてしまうものが出てきてしまう。

多くの観客は、そのこぼれ落ちてしまったものに気づかないだろう。だが、当事者である人たちは、その違和感に気づく。

例えば、自殺で家族を失ってしまった人の苦しみを、作品で伝えたいと思ったとする。どういう表現するかを考えていくなかで、当事者にしか分からない微妙な感情や背景が省かれてしまうことがある。そのことで、自分たちの感情が捻じ曲げられた形で伝えられていると、傷つくことが起こり得る。

「複雑だったり、繊細なものを、安易にエンタメ化しない」

ぼくが作品づくりをするなかで、常に意識していることだ。そして、世の中の多くのエンタメ作品がこぼれ落としてしまったものを、どう拾い上げていくかが、自分の編集者としてやりたいことだとも感じている。

そんな風に考えるなかで、自分の編集者としての気概を問い正されていると感じられる映画と出会った。

それは『関心領域』だ。

アウシュビッツ収容所の隣で暮らす所長一家の生活を、淡々としたドキュメンタリータッチで映していく作品だ。家の至るところにカメラが設置されていて、一家の日常を盗み見しているような感覚になる。

この映画の特徴的なところは、収容所の中がどうなっているのかを描くシーンは一切ないことだ。だが、壁の向こうから聞こえる音や、空に昇っていく煙などを見て、不穏な何かが起こっていることは伝わってくる。

でも、その一家の人々は、自分たちとは関わりのないことだと割り切り、関心を持とうとしない。目を背けながら、自分たちの日常を送っていく。

人はどこまで無関心でいられるか。関心領域の外側にあることに対して、どこまで残酷でいられるか。そういった問いを投げかけられているような作品で、映画を観ている間、ザワザワとした感情がずっと自分の中にあった。

監督であるジョナサン・グレイザーは、インタビューでこう答えている。

「ここに住む人は、わが子に安全な環境、庭、いい教育、遊びの場を提供してあげたいと思っています。僕たちと同じ。ホロコーストは人間の仕業でなかったとしてしまうほうが、もちろん楽です。でもあれを考えたのは、モンスターではなく、人間だったのですよ。

この映画で僕は、人がいかに世の中で起きている残虐行為から自分自身を切り離すのか、ということを語りたいと思いました。あるいは、無関心でいられること。そうすることで共犯になることについて。

なぜ一部の人は、自分たちの命はほかの人たちのそれより価値があると思うのかということも。僕は、人間を見つめてみたかったのです」

暴虐から目をそむける心理を現代人に突きつける『関心領域』、ジョナサン・グレイザー監督インタビュー

まさに、この作品で描かれているのは人間の普遍的な性質であり、1945年の出来事を現在にも続くこととして捉えざるを得ない。そして、関心領域の外側にある残酷な出来事に対して、自分がどれだけ無関心でいるのかを、考えずにはいられない。

『ガザとは何か~パレスチナを知るための緊急講義』という本の最後に、こんな言葉が書いてあった。

「地獄とは、人々が苦しんでいるところのことではない。人が苦しんでいるのを誰も見ようとしないことだ。」

この言葉を読んだ時、『関心領域』を思い出さずにいられなかった。

この映画には、派手な演出もなければ、わかりやすい起承転結もない。そうしたエンタメの手段を一切使わずに、自分たちの伝えたいテーマをしっかりと観客に投げかけている。そして、商業的にもきちんと成功を収めている。

作品づくりをする立場として、監督をはじめとした製作陣にも、作品をヒットに導いたプロデューサー陣にも、尊敬の念が自然と芽生えた。

同時に、もし自分がこの作品に関わっていたら、この企画が上がってきた時に、GOを出せるだろうか。この映画を見終わった後、編集者としての気概を、改めて問い正されている感覚があった。


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