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AIが発展するなかで、編集者が担うべき領域とは

AIが発展していくなかで、創作のあり方はどう変わるのか。

先日投稿した『AIを味方につける人と、そうでない人の差』というnoteにも書いたが、AIがどれだけ優れた知性や膨大な知識をもっていても、自分からうまく問いかけていかなければ、何かを引き出すことはできない。

ここ最近、AIの強みや特性への理解を高めるためにも、Chat-GPTを相手にした創作の打ち合わせに本腰を入れて取り組んでいる。

やはり、抽象度が高い領域に関しては、AIによるアウトプットの質や量は圧倒的だ。物語の骨子となるログラインや設定に関して、様々なアイデアを複数のパターンで提案してくれる。

一方で、具体的な細部を詰めていく際には、ややありきたりだと感じてしまう内容の提案が多く、ディティールの豊かさをAIに期待するのは難しいように感じる。もしくは、自分の問いかけのやり方がまだ雑なのか。

そんな風に実験を繰り返す一方で、編集者が注力すべきことは何なのかを改めて考えたいと思い、名作と呼ばれる様々なマンガの1巻を読み返していた。

そのなかで、「この作品こそ、自分がお手本とすべき作品だ」と目を見張った作品がある。尾瀬あきらさんが1988年から91年にかけて『モーニング』で連載していた『夏子の酒』だ。

この作品を初めて読んだのは、モーニング編集部に配属された時だ。モーニングで連載された名作には全て目を通しておきたいと思い、勉強の一環で読んだ。当時も傑作だと思ったが、編集者として経験を積んだ現在だと、作品から受け取るものがまるで違う。

『夏子の酒』とは、東京の広告代理店で働いていた主人公の夏子が、兄の死を契機に実家の造り酒屋に戻り、兄の意志を引き継いで酒造りをはじめるという物語だ。ものづくりへの情熱を描くだけでなく、日本酒業界や日本の農業が抱える問題に正面から切り込んだ社会派ドラマの側面もある。

この『夏子の酒』は発行部数385万部の大ヒットとなり、テレビドラマ化もされた。海外でも翻訳され、2019年からはフランスでも翻訳版の発行が始まり、2022年にはアングレーム国際漫画祭にノミネートされている。連載終了から時が流れても、国境を超えても、全く色褪せない名作と言っていい。

ぼくが『夏子の酒』を読み返すなかで、作品として特にスゴみを感じたのは、登場する人物たちの描き方だ。どんな状況のなかで生きてきて、どんな価値観を持っていて、どんな葛藤によって苦しんでいるのか。それぞれの登場人物の設定や内面が、たった1話を読むだけでスッと理解できる。

価値観の異なる人物が登場するので、当然、衝突が起こる。だが、それぞれの抱えている事情や葛藤を読者として知っているので、誰が悪いとは思わない。それぞれに信念があり、それぞれに正義がある。ただ、全ての想いを叶えることはできないなかで、何を選択していくのか。そこに人間としての切なさや、ある種の美しさのようなものを感じ取ることができる。

1巻では全10話を使って、夏子が広告代理店を辞め、実家に帰郷するまでの展開が描かれるのだが、この10話の作り方が実に秀逸だ。1話1話を単体の作品として読んでいっても、各話ごとに登場人物の葛藤がしっかりと描かれていて、完璧な読み切りが連なっているように感じられる。

この『夏子の酒』は、モーニング編集部から尾瀬さんに「酒蔵を舞台にしたマンガを描いてほしい」と依頼から立ち上がった企画らしい。それまで酒造りの知識はなかったと言う尾瀬さんが、酒蔵に実際に足を何度も運んで取材し、酒造りに関わる様々な人たちの生の声をもとに着想を膨らませているからこそ、圧倒的なリアリティが生まれているのだろう。

Chat-GPTをはじめとしたAIは、構造化したものを膨らませたり、ズラしたりすることは得意だ。だが、こうした物語の核となる葛藤や対立を見つけることは難しい。これこそ人間の編集者に求めらる領域だろう。

AIについて深く考えていくと、僕の場合は「編集者とは何か」という問いに最終的に行き着く。そのことが、すごく面白い。


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『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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