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「賢さへの憧れ」 という呪い

30代は、社会で価値があると思われているものを手放し、自分が価値があると思うを構築しようしていた。

最近の僕は、「賢さ」も手放したいと思っている。地位や名誉といった具体的なものを手放そうと思うだけでなく、「賢さ」の方が「愚かさ」よりも優れているという価値観も一度、手放したい。そして、一度、全てを観察して、自分の価値観を再構築したい。

そんな風に考え出したら、YouTubeの編集者・佐渡島チャンネルが、違う方向へと動き出した。

僕のことを「編集者」として見ている人は、「この人は、一体、どうしてしまったのだろうか?」と思っているかもしれない。

新人マンガ家をサポートし、子育てをする中で、「つくる」ことは尊いことだとより思うようになってきた。しかし、恥だったり、色々な価値観が「そんなものを世に出して意味があるの?」と発表することを妨げる。下手をすると、つくる行為自体を躊躇させる。

でも、世間の目など何も気にせず、つくりたいと思ったものをつくり、やりたいと思ったことやる方が、楽しい。新しいことをはじめると新鮮な気づきが多い。恥ずかしがらずに、興味を持ったことに対して自分の手を動かしてみると、人生が豊かになる。

拙いなりにも僕が様々なものに挑戦する姿を動画で見せることで、「これだったら、自分もできそう」と一歩を踏み出す人を増えるのではないか。僕のYouTubeの発信は、「つくる人を増やす」がテーマだ。

そして、僕はその方針は、すごく編集者的だと感じている。(ちなみに社外取締役をしているカヤックのヴィジョンも『つくる人を増やす』で、すごく共感している)

今年から僕は本格的にヨガにハマっているのだが、ヨガについて動画検索すると、上手い人が教えるものばかり。そこで、僕のような素人が悪戦苦闘をしながら学んでいく動画があれば、これからヨガをはじめる人にとって身近な水先案内人になれるのではないかと思い、実行してみた。

また、『ドラゴン桜2』では、英語を習得するためにYoutuberになれと、桜木が言う。拙くても英語を話す姿をアップし、リアクションをもらうことで、自分の英語が磨かれていくと。ヨガの動画をアップすることで、僕もドラゴン桜の勉強法を自分の身を以て実践しようと思った。

とはいえ、内容としては、中年のおっさんがヨガをやっているだけの動画。「こんな動画を世に出してもいいのだろうか?」という気持ちがないわけではない。

数年前の僕であれば、こんな決断は絶対にしなかった。10年前の僕が、この動画を観たら、迷走している必死なおっさんと思いそうだ。

振り返ると、以前の僕は、自分を「賢く見せないといけない」という呪いに取り憑かれていたように思う。

生理的欲求や安全欲求がほとんど満たされている現代社会において、多くの人が不安に感じることは、自分が安定的にお金を稼ぎ続けられるかどうかだ。これだけ社会が豊かになったのだから、本当は大した収入がなくても快適に暮らしていけるはずだが、稼ぐことへの執着はなかなか減らすことができない。

そして、賢そうに見える人には仕事の相談が集まる。だから、他人からナメられないように、どうしても自分を賢そうに装ってしまう。

同時に、賢いとは「カッコいい」ことだとも思っていた。

子供の頃から、「賢い」は親や先生など大人からの最高の褒め言葉のひとつとして使われてきた。社会に出ても、成果を出している人は「賢い人」と表現される。だから、自分も結果を出して、賢い人の部類に入りたいと憧れる気持ちがあった。

だが、数年前、ある尊敬している経営者が、こうアドバイスをしてくれた。

「賢いと思われていると、誰も何も言ってくれないよと」

これは、『宇宙兄弟』からリーダーシップについて学ぶ『完璧なリーダーはもういらない』という本で説かれている「愚者風リーダーシップ」の話と一緒だ。

賢者風に振舞っている人に対して、周りは正解を求めてくる。でも、自分も正解がわからなくて、みんなと一緒に考えたいという場合には、下手に賢者風に振る舞わないほうがいい。中途半端に正解を知っている風の雰囲気を出すと、周りは試されているように感じてしまい、意見やアイデアを言いづらくなる。

チームで成果を出すためにも、いいフィードバックをもらためにも、必要以上に「賢い」というラベルを自分に貼らないことが大切だ。

こういったアドバイスを経て、「賢く見せないといけない」という呪いが段々と薄れていった。呪縛が強かった頃の僕なら、「こんな動画を出したら、どう思われるかわからない」と不安になっただろうし、自分のイメージをコントロールしたいと思っていただろう。

また、こういう挑戦はYoutubeがなければ、できなかったと思う。

文章だと自分を取り繕うことが簡単だ。だが、動画はありのままの自分が出やすい。。ヨガについて、どんなに文章で賢ぶって語ったとしても、実際の僕のレベルは見ての通りだ。文章で、最近、ヨガや瞑想にはまっていると書くと賢い風になる。Youtubeという動画で伝える場があったからこそ、こういう姿を見せることができた。

現在の僕は「賢い人」になりたいという気持ちはなくなってきた。

それよりも「愉快な人」になりたい。

興味の赴くままに挑戦し、新しい自分と出会って、人生を豊かにしていきたい。そして、自分の「好き」をおすそ分けして、周りの人たちが僕と一緒にいることで、新しい自分と出会えるきっかけをつくれたら嬉しい。ヨガも、演劇も、絵を描く練習も、全てはその一環だ。

それにしても、正直、このヨガの動画は再生回数が伸びる予感が全くしない(笑)。

***

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コメント (2)
着物という呼び方自体、不思議ですよね。いつから和服のことを着物と呼ぶようになったのか。それ程浸透していながら、なぜ着物は着られないようになったのか。外国人から、米飯をなぜ「ごはん」と呼ぶのか質問された時に同じ疑問を持ちました。パンの事を英語で”meal”とは絶対に呼ばない。中国でも米飯は米をつける。
いつも拝見しています。毎回コメントをしようか悩んで結局やめてしまうのですが今回は勇気を出します🙇‍♀️
 
僕も賢さへの憧れが強いです。もっというと、人に失望されたくないのだと思います。
プライドも高く、難しいことを考えてるフリをしてしまいます。snsでも本心を書けません。人にどう映るのかを凄く気にしてしまいます。
そんな自分から変わりたいとずっと思っていました。
 
だから、今回の佐渡島さんのnoteは凄く揺さぶられました。”準備してしっかりしたものを出すことをやめる”、とても感銘を受けました。
楽しいと思ったからやった。で良いんだと強く思えました。僕も愉快な人になりたいと思いました。
 
今連載をしていますが思うように作品が作れず後悔と自己嫌悪の連続です。僕のてから生み出される拙い漫画を見て作る意味ないのではと思えたり、なんで漫画を描いてるのか分からなくなり非常に苦しかったのですが、少しだけ視界が開けたような気がします。
 
佐渡島さんを見ていると人は変われるのだなと思えます。僕も変われるだろうと思って、少しずつやっていこうと思います。ありがとうございました。
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