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「居場所」から「居心地」の探究へ

7月24日に41歳の誕生日を迎えた。

40歳としての1年はあっという間だった。

20代の頃と今の僕はほとんど変わっていない、と感じる。20代の頃、40代の人を見て、随分歳上だなぁと思っていたが、こんなにも変わらないものか、という驚きの方が多い。「不惑」という言葉の意味に、何度も思いを馳せる。こんな若造が不惑なのか、と。

しかし、時間をかけて自分の過去を振り返ると、行動原理が大きく変わっていることに気づいた。

10代、20代、30代は、自分の「居場所」を探していた。

僕は親の仕事の関係で、しょっちゅう転校していた。新しいクラスに入ると、そこは前からいる人たちの居場所で、僕は自分の居場所を作らなければならない。学校でも社会でも、僕は自分の居場所を探していた。

大学時代の僕は、社会に出て、職業人として働くことが不安だった。受験勉強はそれなりにできるけれど、社会の仕組みは全くわからない。だから、自分がビジネスの世界で役に立っている姿が全く想像できなかった。逃げの選択として、就職せずに大学教授になりたいと当時は真剣に思っていた。

そんな僕が、唯一、自分の居場所を見つかりそうだと思えたのが出版社だった。僕は自分の好きな本について、誰かと深く語り合いたいとずっと思っていた。実際、出版社で編集者として働き、作家と深く語り合うことで、僕の居場所は形づくられていった。

だが、その居場所を持続させていくには、会社や社会から自分の価値を認めてもらう必要がある。担当作品をヒットに導いていかないといけない。

社会が求めているものは何か? どうしたら多くの読者が望む作品になるのか? 20代の頃は、社会の仕組みを必死に学んでいた。

起業も「居場所探し」の末に見つけた選択肢だ。出版社ではなく、エージェンシーという形のほうが、作家とより長期的に、深く関わっていける。僕にとっていい居場所になるのではないかと考えた。

そして、コルクの価値をどうやって社会に認めてもらえばいいのか、どうやったら会社を存続させられるかを、30代は考えていた。

そうした結果、40歳になり僕が感じたのは、「居場所づくり」は青い鳥を探すようなものだ、ということ。どこかに、もっといい場所があるのではないか? 今、いい場所を思っているのは、勘違いではないか? いつまでもその問いをなくすことができない。

居場所づくりは、一人ではできない。周りをみて、「外」を観察する。そして、居場所になりそうなところを探す必要がある。自分の外は、変えることができない。変えれることだけに注目してはどうだろう?そんな風に考えて、現在の僕は「居心地」の探究が始まった。

自分が見つけた場所を、居場所にするには、居心地を感じる必要がある。では、「あなたの居心地がいいとはどんなものか」と問われた時に、すぐに答えられない。

居心地とは、他人によって決められるものではなく、自分で感じるものだ。居場所は社会の中に答えがあるが、居心地は自分の心の中に答えがある。

何に喜びや安心を感じ、何にストレスや不安を感じるか。それは人によって、全く変わる。はじめから万人にとって居心地のいい居場所なんてものは存在しない。だが、それぞれが自分の居心地について理解し、お互い共有できるようになれば、どんな場所でも居心地のいい場所にしていける。

今までの僕は、自分にとって「いい居場所」を見つけようと社会に対して目を向けてきた。対して、40代の僕は、どんな場所でも「居心地よく」感じられるように、自分の内面に目を向けようになってきている。コーチングも瞑想もヨガもコーヒーも絵を描くことも演技も、すべては自分を正しく知りたいという想いが発端だ。

心に目を向け、自分にとっての居心地とは何かを知ることが、「不惑」に繋がるのではないだろうか。

どんな場所でも、自分で自分の居心地を整え、惑わない状態になること。これが僕が40代で目指していきたい境地だ。

ちなみに、この「不惑」という言葉は孔子の教えから生まれていて、『論語』にはこう書いてある。

子曰はく、「吾、十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。五十にして天命を知る。六十にして耳順ふ(したがふ)。七十にして心の欲する所に従へども、矩(のり)を踰えず(こえず)」と。

現代語訳にすると、こんな意味。

孔子先生曰く、「わたしは、15歳にして学問で身を立てる決心をした。30歳にして自分なりの考えをまとめて独立した。40歳にして、あれこれと迷わずに自由に物事を見ることが出来るようになった。50歳にして天命を知った。60歳にして人の言葉に耳を傾けた。70歳にして、自分の思うままに行動をしても、人としての道理を外れることはなくなった」

30代で独立したりと、この孔子の教えは僕の人生と重なるところが大きい。

そして、孔子は50歳にして「天命」と出会ったと言っている。もしかしたら現在の僕は天命と出会う準備段階なのかもしれない。現在やっていることは、天命と出会うための壮大な伏線なのかもしれない。

そう思うと、人生まだまだ先は長く、僕の人生で確定されたことなんて何ひとつないように感じる。

生きることの面白みが自然と湧いてきて、僕は僕の人生の主人公で、僕が自分の物語を作るのだと考えることができる。

***

この思考の変化は、僕は一人では起きなかった。2年前「we are lonely, but not alone」という本を出した。その時は、居場所について思考した。それを、コルクラボのメンバーにアップデートとしてほしいとお願いしたら、「居心地の1丁目、1番地」という本ができた。なぜ、居場所ではなく、居心地という言葉の選択になったのか。その変更が初めは不思議だった。でも、何度もそのことを繰り返し考えるうちに、確かに先に考えるのは、居場所ではなく、居心地だと僕自身も納得をした。

僕が主催しているオンラインサロン「コルクラボ」は、僕がみんなに影響を与えるよりも、僕が影響を受ける方が多いことが増えてきていて面白い。

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あと、去年の誕生日は、サポートをたくさんいただいたので、このアロマデフューザーを購入しました。会社の机の上に置いていたけど、今は自宅の机に! 僕の気分転換の助けになっています。買ってすぐに呟こうと思って、忘れて1年がたった。それくらい1年があっという間でした。(笑)

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佐渡島庸平(コルク代表)

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コメント (1)
「トーキングトゥストレンジャーズ」と「他者と働く」はずっと気になりながらも手が伸びきらない2冊でしたが、今回の佐渡島さんの日記のおかげで、手が伸びそうです!!

「存在の耐えられない軽さ」は佐渡島さんの影響で買いました!(まだ読んでないですが。)
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