佐渡島庸平(コルク代表)
マンガ編集における、無刀の境地
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マンガ編集における、無刀の境地

佐渡島庸平(コルク代表)

「我が剣は、天地とひとつ。故に剣は無くともよいのです」

井上雄彦の『バガボンド』で、剣聖と呼ばれる上泉伊勢守が、若くて血気盛んな柳生石舟斎に諭すように語りかけるセリフだ。

相手に勝つとか、自分の強さを誇示したいとか、そうした理由で剣を振るっている石舟斎に、「そんなことのために剣は、武はあるのかね?我々が命と見立てた剣はそんな小さなものなのかね?」と伊勢守は問いかけていく。

技術をただ追求する者と、その道の熟達者では、見える景色や住んでいる世界が全く違う。そのことを見事に表現しているシーンだと思う。

最近、同じような感覚をマンガ編集の世界において味わった。

以前、『ぼくのマンガ編集者の師匠』というnoteにも書いたが、ぼくがマンガ編集者として簡単に答えが出せない悩みがある時に、必ず話を聞いてもらう相手がいる。

一年ぶりにお会いしたモーニング創刊編集長の栗原良幸さんは、伊勢守のようにぼくに話しかけた。栗原さんの見えている景色に、自分はまだ遠く及ばない。

栗原さんは自身のことを「コマ原理主義者」だと言う。

マンガはコマの連続で描かれる表現物であり、マンガのコマは次のコマを目指して描かれる。1つのコマには、次のコマへ向かうテンションが与えられ、読者の目が止まるコマには「時間を一瞬に凝縮した描写」がなされる。

読者のリズムに任せて読めるのがマンガの特長であり、人間には時間を止めた表現でないと摂取できないものがある。コマで囲むことで、その瞬間に生じた激情的なものから、あいまいなものまで、伝えることができてしまう。

コマという表現方法の発明は、人類の歴史において画期的で、マンガ家だけにとどまるのはもったいない。もっと多くの人がコマを使った表現やコミュニケーションをするにはどうしたらいいかと、栗原さんは考えている。

マンガを深く理解しながら、マンガに囚われない。まさに無刀の境地に達しているように感じる。ぼくの発想は、編集者的で、編集者を育てるユニバースを作るものになっていないのではないかという指摘ももらった。

中でも印象的だったのは、手塚治虫の話だ。

栗原さんは1970年に講談社へ入社し、『少年マガジン』編集部で『あしたのジョー』を担当し、入社4年目の26歳の時に手塚治虫の担当編集者となった。そこで、『三つ目がとおる』の連載を立ち上げ、大ヒット作へと導いた。

そんな風に手塚治虫を近くで見てきた栗原さんが、手塚治虫はなぜ「劇画」に脅威を感じていたのかという話をしてくれた。栗原さんの意見は、通説と全く違った。

手塚治虫といえば、マンガの歴史を開拓した第一人者だが、同業者への嫉妬心や対抗心が非常に強いマンガ家だったことでも知られている。主人公が魔物退治の旅に出る『どろろ』は、妖怪ブームを引き起こした『ゲゲゲの鬼太郎』への対抗心から生まれた作品だと本人が語っている。

そんな手塚治虫が脅威に感じていたのが、1950年代後半から台頭してきた劇画だ。リアルな描写の劇画がブームになると、手塚作品は絵柄が古いと言われるようになり、手塚治虫はノイローゼにかかったと言われている。

しかし、その通説にぼくは違和感があった。手塚治虫がそんなことを気にするだろうか。

栗原さんは、絵柄などの表現ではなく、劇画のコマのあり方に、手塚治虫は脅威を感じていたのではないかと指摘する。

栗原さんが『三つ目がとおる』を担当していた頃、手塚治虫に「見開きのなかで、特に重要視しているコマはありますか?」と質問したら、「そんなものはない」と即答されたらしい。

手塚治虫のマンガには特別なコマなどない。ひとつのコマは次のコマのためにあり、そうやってコマが連なっていくことによって、物語がつむがれていく。読者は「次のコマを読みたい」と夢中になってコマを読み進めていく。それが手塚治虫が開拓したストーリーマンガの本質なのだと、栗原さんはその時に気づいたそうだ。

一方、劇画はコマで登場人物の感情をスローモーションに描いていく。

そもそも、人の感情が大きく揺れ動く時には、変化する感情の狭間に様々な感情が入り込む。例えば、「悲しい」から「嬉しい」に変わる時には、その手前に驚きや困惑といった感情があって、そこからジワジワと喜びに変わっていくほうが自然だ。そうした心の機微をうまく描こうとすると、コマでその瞬間ごとの変化を丁寧に閉じ込めていく。

テンポよくストーリーの展開で見せていく手塚作品に対して、劇画は登場人物たちの感情表現で読者を惹きつけていく。自分にはストーリーは描けても、繊細な感情描写はできない。劇画には、それがうまい作家がどんどん出てくる。そのことを手塚治虫は脅威に感じたのではないかというのが、栗原さんの見解だ。

先月、『技術ではなく、技能を熟達させた先にあるもの』というnoteを書いたが、マンガ編集の道を熟達すると、こういう風にマンガが見えてくるのだなと実感した。

栗原さんとは他にも様々な話をさせてもらい、ぼくのマンガ編集者としてのこれからについて、多くの気づきを与えてもらった。

小林まことの『青春少年マガジン1978~1983』というマンガに、栗原さんが登場するのだが、打ち合わせをすると不思議とマンガが描きたくる編集者として紹介されている。

ぼくも栗原さんと会うと、自然と前向きな気持ちが湧いてくる。編集者というのは、相手をその気にさせる仕事であることを再確認した。


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