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贈与の存在に気づき、次の代に引き継いでいく

数年前から、「引き継ぐ」という言葉について、よく考えるようになった。

ぼくらの日常は色んな人からの贈与の積み重ねで成り立っている。それは、現代を生きる人たちだけでなく、過去に生きた人たちも含めてだ。

世界は贈与でできている』という本では、自分の知らない誰かが社会の安定性を維持していることに注目し、その誰かのことを「アンサング・ヒーロー」と呼んでいる。

歌われなかった英雄たちが、この世界の日常を安定させ、成立させている。だが、世界のほとんどの人は、その安定性が誰かによって贈られた贈与であることに気づけていない。

コルクでは「物語の力で、一人一人の世界を変える」というミッションを掲げているが、「世界を変える」とは「贈与に気づけるようになる」という意味でもある。ぼくが観察力を磨きたいと思うのも、目に見えない贈与の存在に気づくためだ。

物語をつくる。それは、まだ世界が気づけてないアンサング・ヒーローの姿を浮かび上がらせる行為だと考えている。

「どんな贈与が、ぼくらの周りにはあるのか?」
「受け取っている贈与を、どう次の世代へと引き継いでいくべきか?」

そんな問いを常に持ち歩くようになり、編集者としてのあり方も随分と変わった。編集やマンガ産業の歴史を調べたりしたのも、先人たちが築いてきてくれたものを、きちんと知りたいと思ったからだ。

先日、「贈与を引き継ぐとは、まさにこういう生き方だな」と感じる人物と出会った。

福岡の糸島で、『百笑屋』という専業農家をやっている松崎さんだ。

松崎さんは、米・麦・大豆を育てていて、そのモットーは「我が子に食べさせたいモノをお客様に!」だ。そのために、自分たちで堆肥を作り、農薬や化学肥料を極力抑えた農業をしている。

ぼくは福岡のローカルラジオ局『CROSS FM』で番組をもっているのだが、松崎さんにゲストで来てもらい、色々な話を聞かせてもらった。

松崎さんは街中で植物を見かけると、「こういう養分が欲しがっているな」とか、「土をもっとこうしてあげるといい」といったことが頭に浮かんでしまうそうだ。他にも、空を見ると、「あの雲がここに来るのは30分後だな」とか、「あの雲は、これくらいの雨を持っているな」と思うらしい。

植物や雲を見て、そんな風に考えたことが一度もないぼくからすると、松崎さんは生きる知恵に溢れている人のように思えた。

その松崎さんが大切にしているのが、自分は「中継ぎピッチャー」であるという考え方だ。

いい作物がとれる農地になるのには、手間暇をかけて、土に育てていかないといけない。農地は放置すると、雑草が生えてきたりして、すぐにダメになってしまうので、手を入れ続けないといけない。松崎さんの農地は、先祖代々受け継がれてきたもので、ルーツは戦国時代にまで遡るそうだ。

先祖たちが手間暇かけて育んでくれた土地を、自分は引き継いでいる。そして、この土地をより良い状態で、次の世代に引き継げる「中継ぎピッチャー」でありたい。松崎さんはそう語っていた。

自分ひとりの力で、できていることなんて何もない。先祖たちからの贈与のおかげだったり、自然の力に頼りながら、自分は生きている。だから、贈与を次の世代に引き継いだり、自然に恩返しすることが、自分の使命だと。

そんな風に語る松崎さんの姿を見て、「なんて謙虚な生き方なんだ」と思うと同時に、そのあり方を見習いたいと思った。

たまたま、松崎さんと話をする前週に、自分の曽祖父について初めて知る機会があった。

とあるメディアから取材を受けなかで、ぼくのルーツを探るために、曽祖父について教えてほしいと言われたのだ。ただ、ぼくも曽祖父について全く知らないので、実家に相談してみたところ、資料が送られてきた。

その資料は、1950年代に刊行されていたビジネス誌のコピーで、曽祖父の自伝が掲載されていた。それもかなりの長期連載で掲載されていたようだ。曽祖父が自分で会社を起こし、様々な事業に取り組んでいたことは聞いていたが、こんな風に世間から注目されている人物だとは全然知らなかった。

その資料自体は、コピーのコピーという感じで、書かれている文字が読みにくかったのだけど、以下のメッセージははっきりと読み取ることができた。

「儲けるために事業を起こしてはいけない。社会のためになることをやっていたら勝手に儲かる。だから、社会のためになることをしなさい」

ぼく自身、自分が会社をやっているのも、クリエイターや編集者が社会の中でより活躍できる環境を整えることで、社会のためになることをやりたいという想いが強い。だから、曽祖父のメッセージを読んで、深く共感すると同時に、血のつながりのようなものを感じた。

社会のためになる事業をやりたいという想いは、自分の意志によるものだと思ってきたが、先祖から引き継がれてきたものなのかもしれない。そう考えると、自分も松崎さんと同様に、より良い状態で次の世代に引き継げる「中継ぎピッチャー」でありたいと思う。

多くの先人たちからの影響をぼくらは受けているし、先人たちのおかげで成り立っていることがたくさんある。だけど、それが当たり前すぎて、それになかなか気づくことができない。

その当たり前を丁寧に紐解いていくことが、「自分とは何か」を知るきっかけになるだろう。


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『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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