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コルクが目指す創作とは、「ネタづくり」ではない

先日、映画『PERFECT DAYS』の共同脚本・プロデュースを担当した高崎卓馬さんと対談するイベントに登壇した。

その際、高崎さんが話してくれた内容で、とても印象的だったものがある。

山田洋次監督の『幸福の黄色いハンカチ』に関するエピソードだ。

山田監督と言えば、『男はつらいよ』シリーズや『たそがれ清兵衛』などで知られる映画監督だが、代表作のひとつに1977年に発表された『幸福の黄色いハンカチ』がある。日本のロードムービーの代表作とも呼ばれる作品だ。

北海道の網走刑務所から出てきたばかりの高倉健演じる主人公が、たまたま出会った桃井かおりと武田鉄矢が演じるカップルとともに、妻のいる自宅に帰るまでの道中が描かれる。

事件を起こしてしまった前科者の自分を、今でも妻は待ってくれているのか。不安を募らせる主人公は、「自分を許し、受け入れてくれるなら、家の屋根に黄色いハンカチを出しておいてほしい」と手紙を出す。

自宅が近づくにつれて、「やっぱり引き返そう」「あいつが俺を待っているはずはない」と気持ちが臆病になる主人公。その主人公を励ますカップルの二人。果たして、妻は迎え入れてくれるのか。

だが、どういう結末が待っているかは、ほとんどの観客はわかっている。

なぜなら映画の宣伝ポスターに、大量の黄色ハンカチを掲げて、主人公を迎える姿が写っているからだ。

当時、このポスターに対して、松竹の宣伝部から「これではネタバレになってしまうのではないか?」という意見があったそうだ。

だが、山田監督は「君は、ぼくの映画の中身をネタと言うのか?」「私はネタなんて作ってない」と言ったらしい。

調べてみたら、山田監督がこのポスターについて語ったネット記事が出てきた。そこでは、こんなことを山田監督は言っている。

「意外でしたね。変なことを言うなと。サスペンスなどで、犯人が分かっちゃいけない映画なら、観る人のことを考えなければいけませんが、これはそういう種類の映画じゃないですからね」。

「ラストに黄色いハンカチが出てくる映画ですと人に説明した時に、すてきだな、観に行きたいなと思わせなきゃいけないんです。同じ映画を何度も観たくなるというのはそういうことなんですよ。結末を言うななんて、そういう安っぽいことを言うなと、ずいぶん議論になりました」

この山田監督のエピソードを高崎さんから聞いて、「これぞ、まさにコルクが目指していきたい創作姿勢だ」と感じた。

コルクでは「物語の力で、一人一人の世界を変える」をミッションに掲げているが、ぼくらが目指している作品は「消費されない物語」だ。

現在は、凄まじいスピードでコンテンツが消費され消えていく。一時的な熱狂を起こすコンテンツがあったとしても、次々と人々の関心は移り変わっていく。大きく話題になった作品も、数年が経つと、ほとんどの人はうっすらとしか記憶していない。

そんな時代において、人生の節目節目で何度も読み返したくなる「消費されない物語」とは何か。作品づくりにおいて、そのことを常に考えている。

物語に重要なのは、設定とテーマとキャラクターだ。そして、一つひとつの要素が読者や観客にきちんと伝わるように、演出をしていくこと。
それが、作品づくりであり、ネタとは作品を構成する一つの要素、基本的に設定をさしてるだけにすぎない。

ネタバレ防止に配慮して、ネタ自体を魅力にしている時点で、ある種、創作物として弱いと認めていることになる。

例えば、なぜ『スラムダンク』は何度も繰り返し読んでしまうのか。それはキャラクターや演出が圧倒的に優れていて、普遍的なテーマが作品に宿っているからだ。 はじめて作品を読む人が、湘北は山王に勝つと知ったうえで読みはじめても、面白さは全く削ぎ落とされない。

『宇宙兄弟』も同じだ。おそらく、これから『宇宙兄弟』をはじめて読む人は、最終的にムッタが宇宙に行くことを知った上で読む人が多いだろう。でも、それを知ったところで、『宇宙兄弟』の面白さは全く色褪せない。そうした作品づくりを、小山さんとしてきたつもりだ。

サスペンスやミステリー要素の強い作品であっても、何度も読み直したくなる作品と、そうでない作品がある。その違いは、ネタ以外の要素がしっかりと充実しているかどうかだ。

だからこそ、コルクでは「登場人物の感情をしっかりと描くこと」「作品の根底にあるテーマを考えていくこと」「伝えたいことが最大限届くように、マンガ表現を磨いていくこと」を大切にしている。

コルクが目指している創作とは、決して「ネタづくり」などではない。山田監督のエピソードを聞いて、そのことを改めて思い返した。


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表では書きづらい個人的な話を含め、日々の日記、僕が取り組んでいるマンガや小説の編集の裏側、気になる人との対談のレポート記事などを公開していきます。

『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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