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その人がスゴイのは、才能ではなく“経験の差”

ぼくは講演会の依頼を受けることが多く、大勢の人前で話す機会がよくあるのだが、緊張することはほぼない。

どんなに会場の人数が多くても、どんなに与えられた時間が長くても、原稿を用意することはない。相手の聞きたいテーマに合わせて、いくらでも話せる自信がある。

たまに、「どうしたら、そんなにスムーズに人前で話せるようになるんですか?」と聞かれることがあるけれど、なんてことはない。何度も何度も人前で講演をする経験を重ねてきたからだ。テーマが自由だと、自分のよく知ってることの組み合わせを変えて話をする。

ぼくが講演会に登壇するようになったのは、『ドラゴン桜』の連載を担当していた20代の頃からだ。『ドラゴン桜』を宣伝する意味も含めて、講演会の依頼が届いたら、なるべく引き受けるようにしていた。

講演を始めた頃は、1時間の講演に対して3時間分くらいのメモ用意し、それなりに緊張をしながら話をしていた。しかし、講演回数が100回を超えた頃から、緊張することはなくなり、メモをしっかり準備しなくてもスムーズに話せるようになった。

スムーズに話せるようになった後のぼくしか知らない人は、「人前で話すのが上手い人だなぁ」という感想を抱くかもしれない。でも、そんなことは全然ない。もしも、自分が何度も考えたことがないテーマについて話す時は、それ相応の準備が必要だし緊張もする。

緊張しない人なんて、世の中にいない。緊張しない人は、初めてのことをしてないだけだ。

ぼくが最近緊張を感じたのは「マンガの歴史」について話をする機会があった時だ。準備が足りないとこんな風に自分も緊張するのだなと新鮮だった。その場は、僕をサポートしてくれてる人が数人いるだけで、リラックスしやすい場所なのだけど、緊張した。準備と経験しか、緊張を癒すものはない。どんなことにも緊張しないメンタルの強さなんてない。

マンガについてはよく考えているが、マンガの歴史は断片的に知ってるだけだ。しかし、マンガの歴史の講義をするなら、客観的な事実が大切になる。誰が何年に何を発表し、それが当時の社会にどんな影響を与えたのか。そうした事実を調べた上で講義にのぞむ必要がある。「自分は間違ったことを伝えていないだろうか」と気を配りながら話したため、終わった後はドッと疲れを感じた。

「これからのマンガ業界」や「マンガ編集者としての編集論」みたいなテーマであれば、準備なしでスムーズに話せる。でも、同じマンガと言っても、切り口が少し変わるだけで全く違ったものになる。僕の経験がなかった。テーマを無視して、僕が知ってる話を好きに話すわけにもいかない場だった。

マンガの歴史についても、他のテーマと同じように、色々なところで話をさせてもらい、その度に少しずつブラッシュアップすることで、スムーズに話せるようになるだろう。

このように、ぼくは講演が得意なわけではなく、準備と講演を繰り返して、経験を積み重ねてきただけだ。ぼくが人前で話す才能があると思っている人がいたら、それは才能ではなくて、経験の差だ。

だから、自分より圧倒的にうまくできている人を見て、自信を失ってしまったみたいな話を聞くことがあるが、自信を失う必要はないと思う。その人がその出来事を何度経験しているかは、一目ではわからないからだ。

SNSでよく、とんでもない場所からバスケのゴールを決めたり、ゴルフのボールがカップに入ったりする映像を見たりする。その動画を見ると、その人がすごく上手い気がする。でも、その動画は一回で撮ってない。何十回、何百回と撮影して、うまくいった一回だけをアップしてる。現実で、ぼくらがみている他者は、そんな風に切り取られた一部だ。

準備と経験の積み重ねの大切さ。講演会の時に、たくさんの聴衆の中から、話す相手を三人決めて、その人だけに向かって話すようにしてみるとか、緊張しないテクニックはある。でも、そんなものは所詮、小手先のテクニックだ。

何度も挑戦して、たくさんの経験を積む。この愚直なことしかない。

今週も読んでくれて、ありがとう!この先の有料部分では「最近読んだ本などの感想」と「僕の日記」をシェア。

また、ぼくがどのようにして編集者としての考え方を身につけていったのかを連載形式でシェアしていきます。コルク社内の中堅社員にインタビューをしてもらってまとめた文章を有料部分で公開します。

他人の時間を節約する

ぼくが新人時代に意識していたのは、他人の時間を節約することだ。

井上雄彦さん、安野モヨコさん、三田紀房さん、大物作家ばかりを担当させてもらって新人編集者の仕事は始まった。

指導社員も「バガボンド」「さくらん」を立ち上げ、井上さんからも安野さんからも絶対の信頼をされているエース編集者。身の回りはすごい人だらけだった。

編集者って憧れてなった職業だけど、何をすればいいのかよくわからない。
指導社員をしてくれている先輩からは、この原稿はお前がいなくても取ってくることができた。お前はいてもいなくてもいい存在なんぞ、って発破をかけられる。

どうすると、ぼくは必要な存在になれるのだろうといつも考えていた。そして、スゴい人たちを楽にすること。その人たちの時間をどうやって節約するかということを考えていた。

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表では書きづらい個人的な話を含め、日々の日記、僕が取り組んでいるマンガや小説の編集の裏側、気になる人との対談のレポート記事などを公開していきます。

『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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