作品づくりの“根っこ”にある、南アフリカでの3年間
「どんな作品を、自分は世に送り出したいのか?」
編集者という仕事をする中で、何度も繰り返し考えている問いだ。
流行っている多くの作品は、刺激を前面に押し出しいる。ハラハラさせる状況に読者を追い込み、続きを見たくさせる。刺激で釣るだけの作品は、時間は潰せる。心には残らなくて、また違う刺激物へと読者はすぐに移ってしまう。
それでも、一時的であっても読者を熱狂させられるのであれば、それはそれで価値がある。そうした刺激や熱狂を生み出すことは、ものすごく技術が必要とされる。一瞬の熱狂の中に儚さがあり、それは魅力的でもある。
ただ、ぼくは、多くの人たちを熱狂させることに重きを置いていない。
たとえ、受け取ってくれる人たちは少なくてもいい。でも、繰り返し繰り返し、何度も読まれていって、100年後の未来にも残るような作品を残していきたい。静かな熱狂を起こしたい。
その作品に「刺激」ではなく、「普遍」があるか。
これが、ぼくの作品づくりにおける指針だ。
新人作家と一緒に作品を作っていても、バズるためのアドバイスは基本しない。それよりも、作家が本当に描きたいと思っているものを引き出し、その対象と普遍性との結びつきを一緒に考えることを大切にしている。
ぼくのこうした価値観は、どうして生まれたのか?
何度も自問自答してきたけれど、最近しっくりくる過去との繋がりを見つけた。
ぼくは中学時代の2年半を南アフリカで過ごしていた。
当時は1990年代の前半で、インターネットは当然なかったし、日本のニュースは1日30分のラジオ番組で流れるくらいだった。物理的な距離はもちろん、日本からの情報もほとんど遮断されていて、世界の果てにやってきたような気持ちだった。日本を中心と感じているまだ中学生のぼくには。
当時の南アフリカは治安が悪く、家の外を一人で歩くことはできなかった。親の車に乗って学校に通い、家と学校を行き来するだけの毎日で、閉じ込められているような息苦しさがあった。
ぼくとしては日本で学校生活を送りたかった。仲のいい友だちと離れることに、ものすごい抵抗があった。父親の仕事の関係で移ることになったわけだが、自分が犠牲になったような感情を捨てられないでいた。
そんな日々において、気分転換になったのが日本人学校の図書館にあった文学作品だった。南アフリカなので、当然、当時の日本で売れているベストセラーの類は置いてない。図書館に並んでいるのは、明治から昭和に活躍した作家たちの作品ばかりだ。
過去から流れ着いたような作品が、当時のぼくの心の奥に響いた。
そのひとつが、室生犀星の『小景異情』だ。故郷への複雑な心情を綴ったこの詩を、何度繰り返し読んだかわからない。
島崎藤村の『破戒』にも影響を受けた。ぼくが住んでいた家にいたメイドは、庭にある掘っ建て小屋のようなところで暮らしていた。生まれや身分の違いによって、あまりにも違う暮らしぶりを目の当たりにしていたので、『破戒』は自分のための物語だった。
そして、遠藤周作を読み深めていったのも、中学生の時だ。
当時、遠藤周作が重い病気になったというニュースを知り、「遠藤周作が亡くなる前に、自分がどれだけ作品から大きな影響を受けたのかを、本人に伝えたい」と思い、遠藤周作宛てに手紙を書いたことがある。
たまたま曽野綾子さんが南アフリカを訪問する機会があり、遠藤周作と懇意にしている曽野さんであれば、ぼくの手紙を遠藤周作の病室に持っていってもらえるのではないかと考えたからだ。日本大使館の人にお願いして、手紙を曽野さんに渡してもらった。
室生犀星にしても、島崎藤村にしても、遠藤周作にしても。南アフリカで孤独を感じている中学生が、自分の作品を熱心に読む姿なんて、想像しなかっただろう。
それらの作品に宿っていたのは、「刺激」ではなく、「普遍」だ。
時代を超えても、国境を越えても、自分と重ねられるもの。そうした普遍が宿っているからこそ、送り先のない手紙のような作品だったとしても、読む人の心に訴えてくるものがある。
海岸に流れついた「メッセージ ・イン・ア・ボトル」のような作品。そういった作品たちが、当時のぼくの心に寄り添ってくれたり、その後のぼくの人生観や価値観を形成する礎となった。
そして、同じような境遇にある人に作品を届けたいという気持ちが、ぼくの編集者としての根っこにあるのだと気がついた。
「南アフリカにいる中学生のぼくに届けるつもりで作品をつくる」
だから、ぼくは100年残るような作品を作りたいのだ。
まだあの時の感情が完結してないのかもしれない。
※
いま、YouTubeの企画として、ぼくがAIを使って描いたマンガを、羽賀君に添削してもらっている企画をやっている。それに向けて、今回のコラムで書いたことをマンガでも描いてみた。
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コルク佐渡島の『好きのおすそわけ』
『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…
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