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“表現の学校”における、自分と向き合う大切さ

コルクラボマンガ専科』の第8期が始まる。マンガとは簡潔に言うと、「コマ割りを使って、感情を描いたもの」だと、ぼくは説明している。

以前『人の心を動かすのは、技術ではなく衝動』というnoteにも書いたが、技術は伝えたいものを届けるための手段だ。技術で深い感動は生まれない。人の心を動かすものは、いつだって強い感情の強い衝動から生まれる。

たとえ技術的には不完全でも、「この感情を描きたい」「この問いを主人公と一緒に考えたい」という作者の圧倒的な衝動が出ている作品を読むと、グッと引き込まれる。

だからこそ、マンガ専科では、「なぜ自分はマンガを描こうと思ったのか」「マンガ家として、自分はどうありたいのか」など、自分の内なる感情に向き合う時間を多くとっている。

一時的にバズるマンガを描くだけであれば、こうしたワークショップは必要はないのかもしれない。だが、自分と深く向き合っている創作物こそが、世の中にとっても、作者自身にとっても、一番価値のあるものになるとぼくは信じている。マンガ専科の受講生のみんなには、自分らしさが込められた作品を描いてほしいと思い、こうした講義のあり方をあえて選んでいる。

そんな風に考えるなかで、ジャンルこそ異なるが、同じような思想で表現と向き合っている人がいることを知った。

ファッションデザイナーの山縣良和さんだ。

先月、雲孫財団のメンバーとイタリアに行ってきたことをnoteでも紹介したが、一緒に訪問したメンバーのひとりが山縣さんだ。せっかく山縣さんと一緒にイタリアに行くのだから、山縣さんが世界的に有名となるきっかけとなったファッションコンテスト『イッツ』が開催されるトリエステにも足を運ぼうということになった。

このコンテストは「ITS=INTERNATIONAL TALENT SUPPORT」という名前の通り、世界的に活躍する才能を発掘するためのもので、有名アパレルブランドのトップデザイナーを数多く輩出している。2004年に、山縣さんはイッツで3部門を受賞。ちなみに、その年に山縣さんと競り合って大賞をとったデザイナーは、バレンシアガで活躍するデムナ・ヴァザリアだ。

そんな山縣さんは、ファッションデザイナーとして活動する傍ら、ファッションデザイナーを育成する『COCONOGACCO(ここのがっこう)』という私塾を日本で開いている。ここには職業や年齢も多様な受講生たちがやってきて、なかにはデザイン未経験者もいるそうだ。

驚くべきは、受講生たちの活躍ぶりだ。名だたる世界の有名学校の生徒たちがこぞって参加するイッツで、COCONOGACCOのメンバーたちが近年連続して入賞を果たしているのだ。トリエステの街に飾ってあるポスターやチラシでは、COCONOGACCOの受講生たちの作品が登場していた。

それで、山縣さんに何を大切にして教えているかを聞いてみたのだが、その答えに驚いた。マンガ専科で大切にしてきたものとあまりにも重なっていたからだ。ファッションもマンガも、表現するから、結局は同じなのだ。感情表現の手段が、マンガか服かだけの差しかない。

COCONOGACCOでも、デザインの技術などについて教える前に、まずは自分自身と徹底的に向き合う時間をつくる。自分はどんな生き方をしてきて、今の社会をどう捉えていて、ファッションを通じて何を表現していきたいのか。例えば、幼少期のアルバムを持ってきて、印象的な写真を選びながら、自分のルーツについて考えたりするそうだ。

もちろん、自分のコンプレックスや悩みと真正面から向き合うのは簡単なことではない。だが、突き詰めた末に見出した強い想いや社会と結びついた表現は、見る者の心を動かすと山縣さんは言う。

そのため、「現在のトレンドはこういうファッションだから、こういうデザインのほうが評価される」みたいな授業は一切やらないそうだ。他人から評価されるために表現と向き合うのではなく、表現を通じて自分と向き合う。

そして、山縣さんたちは、受講生が自分と向き合い、それをファッションデザインとして表現に落としていくことを、ただただ応援していく。受講生がどんなデザインをしてきたとしても、それを否定することは一切しない。

こうした考え方は、マンガ専科の思想と完全に同じだ。同じような思想をもって、同じように私塾を主催している人がいる事実を知り、ものすごく励まされる思いがした。

自分と深く向き合っている創作物こそが、一番価値の高い創作物となる。この信念のもと、自分らしさを表現しようとしているクリエイターをサポートしていきたい。そう、改めて決心した。


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『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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