佐渡島庸平(コルク代表)
「もう死にたい」という気持ちの裏側
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「もう死にたい」という気持ちの裏側

佐渡島庸平(コルク代表)

平野啓一郎の小説『空白を満たしなさい』がドラマ化する。NHKの土曜ドラマで、6月25日(土)から全5回で放送される。

この作品は30代前半の頃に担当編集として関わったものだが、この仕事がなければ、ぼくの30代は現在とは全く違うものになってしまったかもしれない。それくらい、ぼくに大きな影響を与えた作品だ。

この作品は、自殺が大きなテーマとなっている。

主人公は30代半ばの会社員の男性で、会社の会議室で目覚めるところから物語ははじまる。その夜、帰宅すると妻から「あなたは三年前に死んだはず」と告げられる。死因は自殺で、妻は心に深い傷を負っていた。

しかし、主人公には自分が自殺した理由など思いつかない。子どもが生まれ、仕事も順調だった自分の身に何が起こったのか。死ぬ直前の空白を満たすべく、自殺の真相を追っていく。

実は、この『空白を満たしなさい』の主人公のように、30代の働き盛りの真っ只中にいきなり自殺してしまう人が増えている。その事実を、自殺や鬱病について調べるなかで知った。

生きることに前向きだった人が、なぜ自分を死に追いやってしまうのか。

平野さんは「分人主義」の視点から、この問いに迫っていく。

人間の中には複数の分人がいて、一緒にいる相手や場所などによって様々な分人が生まれていく。

心に余裕がある時は、ある分人でいることを苦痛に感じても、他の分人でいる時に得られる幸福や充実感によって耐えることできる。だが、心に余裕がない時に、たった一つでも耐え難い分人を抱えていたら、その分人を抹消するために自分全体を消し去ってしまおうとする衝動が生まれてしまう。

自殺とは、自分全てを否定する感情から起こるのではない。特定の分人との向き合い方がわからず、その分人から逃げ出したい気持ちが引き金になって起こるのではないか。これが『空白を満たしなさい』で平野さんが提示した仮説だ。

分人という概念。そして、一部を否定したい時に、間違って全部を否定してまう思考の特長。

こうしたことを、ぼくは『空白を満たしなさい』の編集を通じて、深く理解することができた。会社を起業したり、3人の子どもが生まれたりしながらも、メンタルを崩すことなく30代を過ごすことができたのは、この作品から得たものが大きかったと現在になっても思う。

最近、この『空白を満たしなさい』で書かれていた内容を改めて思い起こす出来事があった。

以前、『“見守る”と”放置”の違いとは何か』というnoteにも書いたが、小学4年生の次男は去年の秋から全寮制の学校に通っている。もともと不登校気味だった次男も、この学校では楽しそうに学校生活を送っていて、ぼくも妻もその変化を喜ばしく思っていた。

だが、今年になってから、また学校に行きたくないといいだした。そして、妻とぼくは息子と交換日記をやっているのだけど、そこに「もう死にたい」という言葉が出てくるようになった。

親として、子どもが「もう死にたい」という言葉を書いている事実は、心にズシンとくるものがある。それで、息子としっかり話し合う時間をとった。

次男の話をほぐしていくと、学校生活もそこでの人間関係にも特に問題はなく、むしろ学校は楽しいということだった。ただ、家族と離れて寮で夜を過ごすのが、どうしても耐えられないと言う。いつも寝る前にものすごく寂しくなってしまって、それが我慢できないらしい。

その話を聞き、学校の先生とも話し合って、これまで平日の夜は全て寮で過ごしていたのを、無理な日は自宅に帰ることにした。本人もそれであればと一旦、落ち着いて、かろうじて学校に通うようになった。

「もう死にたい」という言葉の裏側には、その深刻な言葉とは裏腹に、絶望感はなかった。寮の夜に寂しさを抱えている分人との向き合い方がわからず、その分人から逃れようという気持ちから、全てを否定してしまった言葉だった。

親として少しホッとすると同時に、『空白を満たしなさい』で描けれたようなことは本当に様々なところで起こり得ることだと改めて実感した。

人間、生きていれば、嫌だと思う分人が生じてしまうこともある。分人とは周りの環境によって中動態的に生まれるものであり、自分でコントロールすることはできないのだ。

そんな時には、その分人を消すのではなく、分人同士で見守り合う。嫌な自分になってしまった時には、他のまっとうな自分を通じて、静かに見守る。

分人という概念を知り、自分を俯瞰して見つめることができれば、最悪の事態になる前にブレーキを踏むことができるのではないだろうか。

現在、新型コロナでうつ病になる人が増えている。そんな時代において、ドラマを通して『空白を満たしなさい』という作品がより多くの人に届いてほしい。


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