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「誇り」にすがるか、鼓舞するか。それが問題だ。【恥からはじまる「感情」論考 #4】

怒り、喜び、悲しみ、誇り――。
私たちの行動や思考を、無意識のうちに支配する「感情」

誰もが振り回される「感情」とは、そもそも何なのか?
編集者・研究者・マンガ家。
三者三様の視点から、感情の本質を探る!

連載第四回目のテーマは「誇り」

・第一回「恥」の記事は、こちら
・第二回「罪」の記事は、こちら
・第三回「悲しみ」の記事は、こちら

さて、どんな会話が繰り広げられたのでしょうか!?

<書き手=秋山 美津子、カバーイラスト=羽賀翔一>

<登場人物紹介>

佐渡島庸平(Yohei Sadoshima)
コルク代表。新たな才能の発掘やコンテンツ開発に取り組む一方、自らの感性も磨くべく、あらゆる物事をユニークな観点から考察。中でも「感情」は、クリエイターとして大切にしているテーマ。
石川善樹(Yoshiki Ishikawa)
「Wellbeingとは」を追求する、予防医学博士。イベントの対談で佐渡島と意気投合し、以来、友人として刺激を受け合う仲に。「感情を知れば人は幸せになれる」という自説に基づき、自身の感情さえも分析・検証している。
羽賀翔一 (Shoichi Haga)
コルク所属のマンガ家。ベストセラー『君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)刊行から数年、新たな作品を描こうと奮闘するもやや迷走中……。現状を打破すべく、担当編集・佐渡島の呼びかけにより本企画に参加。

・・・

あなたの誇りは、「WE」と「I」どちらでできている?

【誇り】
誇ること。名誉に感じること。 また、その心。
※出典「デジタル大辞泉」

佐渡島:
辞書によると「誇り」とは、「誇ること」らしい。この定義ってアリなの?(笑) 「名誉に感じること」は理解できるけど。

石川:
スポーツで世界大会が開催されると、自国のチームに対して「日本の誇り」とか「我々の誇り」といった言葉をよく耳にするようになるよね。

佐渡島:
応援している選手やチームが勝利したことへの喜びを、そう表現する人はいると思う。でも、選手や監督とかならまだしも、当事者以外の人間が自分に直接関係のないことに対して「誇り」と言ってしまうのは、僕としてはちょっと疑問があって。

そもそも誇りって、外部に対して思うことなのかな。僕はもっと内面的なものだと思っていたのだけれど。……羽賀君はどう感じる?

羽賀:
誇りという言葉からパッと思いついたのが、鳥山明先生のマンガ『ドラゴンボール』に出てくるキャラクターのベジータでした。彼は「サイヤ人の誇り」って何度も言うから。

佐渡島:
確かに言うね。

羽賀:
ベジータは、自分が絶滅の危機にある戦闘民族・サイヤ人の生き残りであることに誇りを持っているし、エリート意識もめちゃくちゃ強いですよね。

石川:
何かを受け継いでいる人は、誇りを持ちやすいのかも。

佐渡島:
伝統や組織、種族といったものへの「所属意識」とセットなのかもしれないね。それらと繋がっているときに誇りを感じるのかな。
ただ、この場合の誇りって実は「不安」と表裏一体だと思う。僕は、根拠のない自信を根拠があるように見せるための道具に感じる。

サイヤ人だって、フリーザ(※同作に登場するキャラクター)にあっけなくやられて、住んでいた惑星が消滅してしまったわけだよね。ベジータは、「自分たちの種族が全宇宙において限りなく強い」と思うことが難しくなってしまったからこそ、「サイヤ人の誇り」にこだわったんじゃないかな。

石川:
組織や「WE」に対して誇りを持ちたがるというのは、そのすごい集団に自分が属していることへの誇り?

羽賀:
だとすると、自分自身に対してよりも、その周辺や身の回りに関係することへのほうが、誇りを抱きやすいのかもしれませんね。

佐渡島:
それはあると思うよ。大学時代、社会心理学の授業で自尊心に関する実験があって。一般的に「日本人は自尊心が低く、欧米人は高い」と言われているけれど、実は両者にさほど差はなく、何に対して自尊心を感じるかの違いなのではないかと。
それを調べるために、たとえば「私は素晴らしい」や「私たちは素晴らしい」という自尊心の高い言葉が出たら「〇」を、「私はダメだ」「私たちはダメだ」という言葉なら「×」を押してもらうという実験を行ったの。

結果、自尊心の総量はほぼ一緒で、欧米人は「私は素晴らしい」というように「私」が主語だと反応が早く、「私たち」だと認識するのに少し時間がかかった。一方、日本人は「私」よりも「私たちは素晴らしい」のほうが早く反応するというデータが出た。

おそらく日本人は、自分の所属している会社がすごい、故郷がすごい、日本がすごいと表現することで自分のプライドを満たし、誇りを感じているのではないかな。


「自尊心」があれば、「誇り」を持たなくても安定する

羽賀:
「誇り」は英語で「プライド」ですよね。日本では、「あの人はプライドが高い」とか「プライドが邪魔をする」など、あまりいい意味で使われない気がしていて。
「誇り」に関してはポジティブな使い方をするのに、このニュアンスの差ってなんでしょう?

石川:
確かに、プライドってなんかいいイメージがないよね。たとえば「プライドが高い」と言われて、喜ぶ人いなさそうだし。

佐渡島:
そういえば、なぜか僕は「プライド高そう」とか「偉そう」なんて言われることがあるな(笑)。自分としては「プライドは必要ない」と思っているくらいなのに、どうしてそう言われるのか知りたいくらい。

三田紀房さんのマンガ『ドラゴン桜』の担当編集として、「灘高・東大出身」をアピールしたことがあるけれど、あくまでプロモーション戦略として意識的に使っただけ。実際はまったく気にしていないけれど、ああいうのが「偉そう」に見えるのかなあ……。

羽賀:
佐渡島さんは、「答えを知っている人」というイメージが強いのでは? 打ち合わせをしていると、「それはあれだな!」ってよく言いますよ。で、そう言っているあいだに答えを考えている気がします(笑)。
とはいえ実際は、お互いに答えがわからないから打ち合わせをするわけで、佐渡島さんもそういうスタンスですもんね。

佐渡島:
そうだよ! 答えを知っていたら自分が原作者になっているよ!(笑)

石川:
自分にとっての「強み」が「誇り」に変わることってあるのかな。羽賀君が自慢できる部分ってどこ?

羽賀:
小学生のときは、絵がうまいことをアイデンティティとして感じていたことはありますね。

佐渡島:
以前、僕が「羽賀君の課題は、絵がヘタなことだね!」と言ったら、むっちゃ怒ったもんね……。僕は2人の共通認識だと思っていたから、「ええっ!? そこ怒るポイントだったの!?」ってビックリした(笑)。

羽賀:
小学校の先生や友達からは「羽賀君は絵が上手だね」と言われていたので、マンガ家として編集ついてもらうまで、自分の絵がヘタなこと知らなかったんですよ(笑)。
……そう考えると、アイデンティティと誇りってわりと近い存在なのかも。

佐渡島:
僕は何かを誇りに思うことは殆どないけれど、自尊心はかなりあると思う。社会人になって仕事を始めてから現在に至るまで、「いかにして自尊心を安定させるか」を求めた旅であったし、自分の編集能力を尊重することと、安定的に結果を出すことはイコールだと考えているから。
だから「自尊心がすごいね」と言われたら、「いやあ、そうなんだよ! それが僕の安定感だから!」と答える(笑)。

誇りを持つことを否定しないし、持っていてもいいと思うけれど、ある種の弱さも含んでいると思うな。
たとえば僕が、編集者であることに誇りを持っていたとすると、コルクが編集というジャンル以外でビジネスをする選択肢が、生まれないかもしれない。そんな誇りなら、持たないほうがいいよね。

羽賀:
自尊心を保つためには、どんな思考を意識すればいいんですか?

佐渡島:
僕は、「価値」って基本的にレア度だと思っていて、言い換えると「これを理解している人間は少ないぞ」という部分。

羽賀君の『君たちはどう生きるか』がベストセラーになったことに対して、僕自身は誇りをまったく感じていないけれど、たとえ周囲からどう言われようと、「羽賀君には才能がある。投資する価値がある」と言い続けてきた自分の判断には、絶対の確信を持っている。これは、自尊心がないとできないことだと思うよ。

石川:
「なぜ羽賀君なのか」というフィロソフィーには自信を持っているんだ。

佐渡島:
そう! ……でもちょっと危ういかも(笑)。

羽賀:
サイヤ人の誇りよりも危ういです(苦笑)。


僕たちに「ゴールデンサークル」の中心はいらない

石川:
話は少し変わるけれど、「プライド(誇り)/フィロソフィー(哲学)/プリンシプル(原理・原則)」について、自分はどのように捉えているかを、ちょっと考えてみた。

プライドを「WHAT(何を)」、フィロソフィーを「WHY(なぜ)」、プリンシプルを「HOW(どのように)」に当てはめると面白いね。
フィロソフィーは、たとえば「なぜ生きるのか」といった感じで「WHY」に繋がるし、プリンシプルは「物事をどのように行いたいか」という原理としての「HOW」。

佐渡島:
プライドが「WHAT」なのは、すごくよくわかる! 僕は「WHAT」よりも「WHY」にこだわりを持ちたいと考えているから、誇りという感情には距離があるのかもしれない。

石川:
実はこれ元ネタがあって、『TED』でサイモン・シネックが提唱した「ゴールデンサークル」からヒントをもらった。“優れたリーダーやチームは、「WHY」⇒「HOW」⇒「WHAT」の順番で物事を伝えている”というやつね。
ゴールデンサークルは円の中心に「WHY」があって、そこから外円の「HOW」「WHAT」へ繋がっていくけれど、僕は中心にはあえて何も置かず、三角形のほうがいいと思う。「中心」を置かないのが日本人の発想だから。

「WHY」「HOW」「WHAT」の3つを三角形で結んだものを「ゴールデントライアングル」と呼ぶとして、人はこの三角形を構成して生きている。
このどれにも関わるものがないと不安定になるだろうし、逆に3つすべてを固定してしまうと、ガチガチでつまらない。
1つか2つを留めておいて、残りを柔軟に変えていくのがいい気がする。

佐渡島:
確かに円よりも三角形のほうがしっくりくる! ゴールデンサークルの説明をするとき、本当にこの順番でいいのかいつも悩んでいたんだよ。「WHY」の次は「WHAT」で、最後に「HOW」のほうがいいんじゃないか、とか。
そもそも、どれか一つを中心にしてはいけないということだね。

石川:
「WHY」がガチガチに決まっていると、生きづらいだろうなと。「これが我なり!」みたいな感じ?(笑)
三角形なら状況に合わせて「フィロソフィーだけは、軸足をちゃんと作っておこう」とか「ここはプリンシプルを変えずにいこう」などと、柔軟に対応していけるんじゃないかな。

僕はこの三角形を作ってみて、自分には「プライド(WHAT)」「フィロソフィー(WHY)」「プリンシプル(HOW)」のどれもないな~と(笑)。1個くらいはちゃんと留めておこうと思った。

佐渡島:
「フィロソフィー(WHY)」に軸足を置いたら、「WHAT」の中身はなんでもいいかもね。僕は、羽賀君と人間関係の在り方に関してはこだわりがある。これは自分にしかできなかったものだと思っているから。

でも「HOW」には、それほどこだわりがないな。どんな「HOW」がダメかというのはあるけれど……。たとえば「羽賀君が売れるために、セクシー系のマンガをやってみるか!」というのは絶対にない(笑)。
行ってはいけない道でなければ、フィロソフィーに軸足があるから、「HOW」と「WHAT」はなんでもいい。

石川:
これを組織にはめ込んでみると、企業の社長は圧倒的に「フィロソフィー」なんだよ。社員は「プライド」を大事にしている人が、わりと「いい社員」だとされているかな。

佐渡島:
組織としての役割の違いかもね。社長は「WHY」、社員は「WHAT」と「HOW」で生きることで、三角形が成立している。

……さて、本日の流れを改めて振り返ってみると、「誇り」は、感情を安定させたり、不安を消したりする道具の一つとも考えられるね。
僕としては、不安とセットだという点がすごく興味深いと感じた。

羽賀:
「もっと誇りを持て」「誇りを持って生きなさい」という教えもありますけど、無理をしてまで誇りを持たなくても生きていけるのかもしれませんね。

石川:
誇りを持つことによって不安は消えるかもしれないけれど、「不安を感じている自分」を否定することになるから、動きづらくなる可能性はあると思うよ。
誇りを持って生きるのは、老後でもいいんじゃない? 人生、色々とやったあとに誇りを持ってもいいし、「ああ、やっぱりなかったなあ」でもいい。
……なんか、結果的に「誇り」がネガティブ感情の扱いになっていない?(笑)

佐渡島:
それは我々の価値観のせいだよ(笑)。「誇り」には、「すがる行為」と「自分を鼓舞する」という両方の作用があって、すがるとマイナス行為に近づくけれど、鼓舞するための誇りはあってもいいと思う。

でも僕は、自分を鼓舞しなくてもやりたくなるような対象を見つけたいかな。

<第五回に続く>

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『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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