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絶対と見えて“不確か”な、概念の囚われに気づく

仏教には「色即是空」という言葉がある。

すべての形あるもの、物質的なものは、その本質においてはどれも実体がなく、「空(くう)」であること。それゆえ、なにものにも執着する必要はないという考えだ。

この世の物事は全てが移ろう。だから「絶対」など存在しない。現在ここに確実に存在しているように思える「私」でさえ、絶対ではない。様々な物事との関係によって、そう感じられているだけだ。

すべての物事は常に変化し続けるため、固定された絶対など存在しない。こうした仏教的な考え方は、ここ数年のぼくに大きく影響を与えてきた。

先日、『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』という本を読んだのだが、この「色即是空」という言葉を改めて実感した。

資本主義社会が成立するためには、「所有」という概念が根幹を成している。例えば、銀行に預けたお金はその人の所有物であり、その権利は法的に保障されている。同様に、家や車といった物質的な財産も、その所有者が自由に使用し、管理することが認められている。この前提が崩れてしまうと、社会は混乱に陥るだろう。

幼い子どもの喧嘩で、「ぼくのものを、あいつが奪った!」みたいな言葉を聞くことがある。それくらい所有という概念は、ぼくらの社会に当たり前のように浸透している。

そのため、「所有」という概念は絶対的なもののように感じられる。しかし、そこに疑問を投げかけるのが、この『Mine!』だ。

歴史を振り返ると、食べ物や水であれ、金銀財宝であれ、あるいは結婚相手であれ、何によらず希少資源を巡って人間は対立をしてきた。それをいかに裁き、殺し合わずに済むようにするためにはどうしたらいいかを、人間社会は苦慮してきた。

所有という概念は時代や社会によって変化を続けていて、自分たちが現在感じている所有に対する考え方も、現代社会の枠組みによって形作られているに過ぎない。

また、この本では、今の時代ならではの所有権の問題につれても触れていく。例えば、シェフのレシピ、スポーツの監督が編み出す戦術や技、コメディアンのネタといった、創造物は誰の所有物になるのか。ネットで購入したデジタルデータは、どういう扱いになるのか。

この本を読んでいると、絶対のように感じていたものがいかに不確かで、実体のないものであるかを改めて実感する。まさに「色即是空」という言葉を思い出させてくれた。

こうした絶対そうに見えて、実は不確かな概念というのは、他にもたくさん存在しているのだろう。

例えば、「責任」という概念も、すごく曖昧だ。

ある社会では個人の責任が強調される一方、他の社会では集団や共同体の責任が重視されることもある。また、過去には個人が責任を負わなかった行動が、現代では責任を問われることがある一方、その逆もある。

昔、社員に発破をかける意味あいで、「もっと責任をもとう」という声がけをよくしていた。でも、今思うと、責任という言葉の意味をしっかりと考えずに、言葉の勢いだけでコミュニケーションをしていたように思う。

言葉とは何かの概念をぼんやりと形取ったもので、その概念の意味するところは、時代や社会と共に移り変わっていく。そのことを前提に、それぞれの言葉がどういう変遷を辿って現在に辿り着いたのかをしっかりと考えていく。

以前にも『言葉の語源を遡ると、違う景色が見えてくる』というnoteを書いたけど、言葉に敏感になる必要性があることを最近ますます感じている。

言葉に敏感になり過ぎて、ここ数年、スポーツの世界でいうところの「イップス」のような症状が起きてもいる。言葉を雑に使うことを避けたいと思い、言葉がうまく出てこない。

でも、それは自分が新しいフォームに移行するための成長痛のようなものではないかとも感じている。

ぼくは『ゲド戦記』の物語が大好きなのだが、ゲド戦記には「太古の言葉」というものが存在する。太古の言葉とは、ものの本当の姿を表す言葉で、その言葉を使うと対象をコントロールできるようになる。「石よ、動け!」と言っても石は動かないが、太古の言葉で呼びかけると石が動く。

ぼくにとって、言葉の語源や、その言葉が意味する概念の変遷を巡っていくことは、ゲドが太古の言葉を知る行為に等しく感じる。それによって、その言葉をようやく思い通りに使えるよるになる気がしている。


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表では書きづらい個人的な話を含め、日々の日記、僕が取り組んでいるマンガや小説の編集の裏側、気になる人との対談のレポート記事などを公開していきます。

『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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