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潜む声に耳を澄ませる

「自分探し」と「自分を知る」は、似ているようで違う。

自分探しとは、本当の自分を探しにいくことだ。どこかに「本当」があって、それを見つけると、ずっと安定した状態になれる。

そんな本当を思い求めて、ここではないどこかを追い求めるのが、自分探しだ。そんな場所も、本当の自分も存在しない。青い鳥を求める行為だと、40歳に近づいた頃にやっと気づいた。

そこで、以前のnoteにも書いたが、40歳を超えてからは、本当の自分や居場所ではなく、居心地について考えることにした。どんな場所でも、自分で自分の居心地を整え、惑わない状態になる。

自分を知るとは、自分の居心地を知ること。ぼくは何を心地よいと感じるのか。ぼくの心は何に惹かれるのか。

そのことを日々、学びたいと思うようになった。コーチングも瞑想もヨガも、すべてはこの問いが根本にある。noteの毎週の更新も、Voicyで行っている毎日の振り返りも、心の声を言語化して、自分の心を正しく理解しようとする営みだ。また、自分の心を知るヒントがあると思い、過去に影響を受けた小説や映画を見返したりもしている。

そんな風に自分の心を探究するなかで、ぼくが何に惹かれるのかが、以前より明確に見えるようになってきた。

「わかりあえなさへの抗い」

ぼくが心を動かされている作品には、多かれ少なかれ、この主題が共通して描かれている。「メッセージ ・イン・ア・ボトル」とも言える。常に遅れて伝わるメッセージ。

誰かがメッセージを送るのだけど、そこに含まれている真意に相手は気づけない。ようやく、受け手がその意味に気づいた時、メッセージを送った相手は存在していない。そんな、わかりあえない切なさや、すれ違いの悲哀や、それでもわかり合おうとする切実さに、ぼくは惹かれる。

ぼくは『ひかりのまち』という映画が、昔からすごく好きなのだけど、この作品の主題も「わかりあえなさ」だ。ロンドンに住むカップルや親子が登場する群像劇だが、家族が近くにいるにも関わらず、全員が孤独を感じている。映画のラストに、息子が父に電話をかけて、わかりあう瞬間が訪れようとするのだけど、留守番電話になり通じ合うことができない。その描写が、とても切ない。

平野啓一郎の『本心』も、時差のメッセージの受け取りの物語と言える。「もう十分に生きたから」といって、自由死を願う母親の嘆願を、主人公は受け入れられないいまま、母親を事故で失ってしまう。物語の最後に、自由死を希望した母親の願いを主人公はようやく飲み込むことができる。時差で、母親の愛を受け取る。だが、その時に母親は既にいない。でも、母親の死と主人公はやっと向き合う。そして、一人で生きていく覚悟を決める。その姿を、ぼくは美しいと思った。

宇宙兄弟も、兄弟の「わかりあえなさ」からはじまる物語だ。ずっとすれ違ってしまった幼少期の約束を、なんとか遅れて果たそうとする物語だ。

人と人とは、わかりあうことなんてできない。それでも、わかりあいたいともがく。その姿に、ぼくは人間臭さを感じる。

古典は、古典であるというだけで、すごく時差のあるコミュニケーションで、ロマンを感じる。

書いた本人は、とっくに亡くなっている。ぼくが数百年後に、こんな風に、その書いた人の思いを受け取ることなんて、きっと想像できていない。でも、ぼくはその思いをしっかりと受け取ろうとしている。そのコミュニケーションのあり方に、ぼくはグッとくる。

潜む声に耳を傾ける。どこかに潜む、繋がりたいという思い。その声を聞き取れるようにぼくはなりたいのだ。

石の声に耳を澄ませるという主人公をぼくがいつも好きになるのも、その何千年もの間、閉じ込められていた声を、はじめて聞く人になるという主人公のあり方に憧れるからだ。

昔の声に耳を澄ませる。もっとそうしたいと思って、身の回りのものを、古いものにするようにした。

結婚指輪以外の指輪を初めてするようになったのだが、それはヘレニズム時代の指輪だ。赤ん坊のヘラクレスが刻印されている。勇気を与えるように、お守り的な指輪だ。2000年以上、いろんな人の指にはまり、たくさんの人がその指輪に心を押してもらった。そして、今、ぼくが指にしている。その引き継がれる微かな思いが、ぼくの想像力を掻き立てる。

部屋に飾るものの、ガンダーラと北斎漫画と浮世絵とディケンズの小説の挿絵にしようとして、福岡の家の書斎をちょっとずつ整えている。

「わかりあえなさへの抗い」という言葉を見つけたことで、ぼくは作品を通じて、自分が何をしようとしているのかをより理解した。そのテーマを取り扱うことで、ぼくと編集する作品の距離がより居心地のいいものへとなっていくのではないか。


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佐渡島庸平(コルク代表)

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