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「贈与」に気づけた時、世界は変わる

この半年間、家で仕事するようになり、気づかされたことがある。

妻の日常が、いかに大変かということだ。

我が家には四六時中途絶えることなく息子3人の声が響いている。声が響いているというと、幸せな家庭を想像させそうだが、正確に言うと怒号だ。もう動物たちの唸り声としか言いようがない。自分のやりたいことが明確なのはいいことなのだけど、3人がそれぞれやりたいことが違って、協力し合わず、唸り声と暴力で自分の希望を押し通そうとするから、家はひっちゃかめちゃかになる。

ある日の長男と次男の大喧嘩は、こんな理由だ。

次男が自分のお小遣いで買ったクワガタを学校に持っていこうとしたのだが、長男が大反対。生き物への愛情が人一倍強い長男は、夜行性のクワガタを昼間に学校に連れていくことは、虐待に他ならない。虐待を見逃せないと、主張する。クワガタの虐待を止めるためなら、弟を思いっきり殴ることは、大した問題ではない。

僕が「次男のモノだから、どうしようといいじゃないか」と言うと、「生物をモノ扱いするなんて許せない」と、さらに怒り出してしまった。終いには食物連鎖が関係しないところで生き物を殺すのはよくないと思っている長男は、普段、僕ら夫婦が蚊を殺すことも納得ができていない。「蚊を殺すことも許せない!」と僕への怒りもどこまでもヒートアップして、大混乱になった。

一緒に暮らしていても、子どもたちにとって、何が感情のスイッチになるのかは、なかなかわからない。3人も子どもがいると、朝から晩まで予想不可能なことが次々と起こる。ひどい時は、朝からドタバタ騒ぎで、仕事を開始する時間に既にぐったりしていることもある。

改めて、妻をはじめ、子育てをしながら働いてる人は本当にすごい。以前、教師は感情労働だと書いたが、子育てで感情が疲労すると、仕事に向き合うのが余力が残っていない。

世の中にはいろんな環境の人がいる。子育てや介護があり、いろんなものを抱えながら、みんな仕事に向き合っている。朝、会社にきた段階で、全員が体力が回復しているわけではない。それでも、なんとか働いて、家庭、会社、社会を支えている。

最近読んだ『世界は贈与でできている』という本に、こんな一節があった。(この本は、とてつもなくいいのでおすすめです)

 どれだけ多くを知っていたとしても、それだけでは教養とは言えません。
 手に入れた知識や知見そのものが贈与であることに気づき、そしてその知見から世界を眺めたとき、いかに世界が贈与に満ちているかを悟った人を、教養ある人と呼ぶのです。
 そして、その人はメッセンジャーとなり、他者へと何かを手渡す使命を帯びるのです。

ぼくたちは、日常を忙しく生きる中で、こうした「贈与」に取り囲まれている事実を忘れてしまう。だが、あるとき、名も知らない誰かの支えによって生きていることを思い出すことがありうる。

贈与は交換ではない。見返りを必要とする交換と比べて、贈与は相手への感謝や祝福の思いを込めて、リターンの期待なく行われるものだ。他方で、贈与の受け手は、ある種の負債感を感じる。それが次なる贈与へとつながり、贈与で社会が回っていく。

夫婦も贈与で関係が成立している。役割の交換ではない。相手のためを思ってした行為の全てを、お互いが理解するわけではない。相手の贈与に気づき、自分も相手に贈与する。そうすることで、家庭という場が維持され、関係が更新される。役割分担をしあう関係には限界がくる。

一方、子育ては、時差で気づく贈与だ。僕ら夫婦がしている息子への贈与を、息子が気づき感謝することはない。子育ては、感謝が起きない。代わりに、子育てをしながら、僕の中で両親への感謝が芽生える。僕は、子育てをしなければ、両親の贈与に気づくことができなかった。

子育てとは、両親が僕にしてくれた贈与に気づくきっかけをくれる行為なのだと、この本を読むと感じる。『世界は贈与でできている』には、こんな一節もある。

 何気ない日常の中で、あふれている無数の贈与(のありがたみ)は隠されています。
 それらは「あって当たり前」であって、それが無ければ僕らは文句を言う。
 コンビニの陳列棚の商品、自動販売機、部屋の空調設備、電車の定時運行、あるいは衛生環境やインフラ、医療 ーー。
 逆説的なことに、現代に生きる僕らは、何かが「無い」ことに気づくことができますが、何かが「ある」ことには気づけません。
 いや、正確には、ただそこに「ある」ということを忘れてしまっているのです。だから僕らは「ただそこにあるもの」を言葉で述べることができません。それはすなわち、それらが与えられたものであること、それがただそこに存在するという事実が驚くべきであること、そして、もし失われてしまえば心底困り果ててしまうことに気づくことができないということです。

何かが「無い」ことに気づくことができても、何かが「ある」ことには気づくのは難しい。

これは子育てに限った話だけでない。ぼくが暮らしている日常は色んな人からの贈与の積み重ねで成り立っている。それは、現代を生きる人たちだけでなく、過去に生きた人たちも含めてだ。

ひとり暮らしをして、はじめて親のありがたみを知るように。海外旅行に行って、はじめて日本のインフラの利便性を知るように。贈与のありがたみに気づくには、自分が普段いる世界を変えるしかない。

また、『世界は贈与でできている』では、自分の知らない誰かが社会の安定性を維持していることに注目し、その誰かのことを「アンサング・ヒーロー」と呼ぶ。歌われなかった英雄が、この世界の日常を安定させ、成立させているからこそ、世界は回っているのだが、世界のほとんどの人は、その安定性が誰かによって贈られた贈与であることに気づけていない。

作家は、物語を作る。それは、世間が気づけてないアンサング・ヒーロの姿を浮かび上がらせる行為だ。

いい作品を読むと、世界の見え方が変わる。それは、贈与に気づけるようになるという意味でもある。

僕が、観察力を磨きたいと思うのは、目に見えない贈与の存在に気づくためだ。

僕は編集者として、作家がアンサングヒーローの贈与を語って、神話にするのを手伝う仕事をしているのだ。

お知らせ

今回紹介した『世界は贈与でできている』は、11月22日(日)〜23日(月祝)に開催される、岸田奈美が主催する「キナリ読書フェス」の課題図書の中の一冊。このイベントは、みんなで同じ時間に本を読んで、感想文を書くというイベント。

読んでもらった人は、イベント期間中に『世界は贈与でできている』の感想を「#キナリ読書フェス」のタグをつけて、noteに投稿してくれると嬉しい!


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9月22日(火)

今週は、ドイツ生まれの社会心理学者エーリッヒ・フロムが1940年代に書いた『自由からの逃走』を読んでいた。

この本では、文化の醸成の担い手の変遷が書かれている。中世以前は、貴族たち。産業革命以降は、資本家たち。そして、資本主義の発達が進み、社会が豊かになっていくなかで、創造性と表現技法に富んだ個人の芸術家たちへと移り変わってきたと説かれている。

だが、21世紀の現在、文化の担い手は大衆だ。

高度に発信したAIのサポートにより、特別な訓練を経なくても、多くの人が自由に表現できるようになった。今後、テクノロジーの進化が一層発展することを考えると、プロとアマの境目はますます薄くなっていくだろう。アマと呼ばれていた人たちの中から、時代を代表するクリエーターが次々と現れる未来が、容易に想像できる。現に、YoutubeやTiktokなどのSNSで多くのファンに支持された人が、時代の顔になりつつある。

では、表現が誰でも簡単にできる時代、時代を創っていくクリエーターに必要な要素とは何だろうか?

ぼくは、その人が持っている人生観なのではないかと思う。

コンテンツから醸し出せされている、その人のオーラみたいなものに、多くの人は惹き寄せられているのだ。そう考えると、糸井重里さんのほぼ日は「いい人」を行動指針とし大事にしているが、「いい人」であることが、これからのクリエーターにとっては一番重要な要素になるのかもしれない。

時代は今、本当に大きな節目を迎えている。

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佐渡島庸平(コルク代表)

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