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愛する人の本当の心を、あなたは知っていますか?

「あなたにとって、愛って何なの?」

平野啓一郎の小説『かたちだけの愛』は、別れた妻が去り際に放った、この言葉を回想するところから、物語がはじまる。

他人を愛するとは、何か?
自分を愛するとは、何か?
そもそも、愛とは?

愛については、哲学者だけでなく、古来から、多くの人が問い続けてきた。ぼくも年齢を重ねるにつれ、愛について考える時間が増えた。振り返ると、10代、20代の頃にこれは恋ではなく愛だと考えていた感情や理念は、やはり恋だったように思う。

そして、ぼくがこの10年、愛について考える続けているのは、平野啓一郎の担当編集者であることが大きく影響していると思う。

平野啓一郎は、作品を通して、愛を思索し続けている。

平野さんは、自身の作家人生において、今がどういう時期なのかを明確に意識しながら物語を書いている。

第1期は、デビュー作の『日蝕』をはじめ、自分が書きたいものを存分に書く時期。第2期は、現代を生きる人たに向けて、自分が書くべきものとは何かを探る、実験期。

第3期は、「分人主義」という独自の思想で、人間理解を推し進めた。『決壊』で人格がいかに崩壊するかを描いたが、『ドーン』『かたちだけの愛』『空白を満たしなさい』で分人主義により、人格が再構築されていく姿を描いた。

この3作品でも、男女の愛は作中の重要なテーマではあるが、新書『私とは何か』が同時期に書かれたように、「自我の探究」が一番のテーマだったように思う。

第4期を平野さんは、「後期分人主義」と名付け、運命と人生の関係を描いている。『マチネの終わりに』では、運命に翻弄させる男女。『ある男』では、運命に必死で抗おうとした男が登場する。そして、最新作『本心』は、死とどう向き合うのかがテーマになっている。

ぼくは、第4期を、平野啓一郎の「愛の3部作」と勝手に呼んでいる。

「結婚した相手は、人生最愛の人ですか?」

これは『マチネの終わりの』の帯に書かれたコピーだ。蒔野と洋子は、長い人生の中で、たった3回のわずかな時間しか会っていない。それでも、いつまでも忘れられずに、相手のことを想ってしまう。

一緒にいた時間と愛は比例するのか? 愛にとって、一緒にいる時間が意味するものとは何か? 結末二人がどうなったと予想するかは、読者ごとに違うかもしれないが、真の愛は、一緒にいることも、結婚することも必要としていないし、それがなくても壊れることがないことを描いていると思える。

「愛したはずの夫は、まったくの別人であった。」

こっちは『ある男』のコピーだ。愛した夫が事故死した後に、その夫の出自や過去が改竄されていた事実を知る里枝が、弁護士の城戸の力を借りながら、夫の過去を探る物語だ。本物だと信じた愛情は、その偽りによって、崩れてしまうのか?愛するためには、お互いの過去は必要なのか? 最後、里枝は、自分と夫の愛は、改竄された過去によって損なわれることがなく、真の愛だったと感じて終わっているようにぼくは思う。

そして、最新長篇小説『本心』のコピーはこれだ。

「愛する人の本当の心を、あなたは知っていますか?」

この作品の舞台は、自分の意志で自由に死ぬ権利が認められた「自由死」が合法化された近未来の日本だ。

母子家庭で育ち、母親思いの主人公・朔也は、ある日、母親が自由死の手続きをしてきたことにショックを受ける。説得を試みるものの母の願いは変わらず、話し合いは平行線を辿る。結局、母は主人公の出張中に、事故死してしまう。

母がいなくなり、孤独に打ちひしがれた朔也は、最新技術を使い、生前そっくりの母をVF(バーチャル・フィギュア)として再生させ、「自由死」を望んだ母の本心を探ろうとする。果たして、主人公は、母親の本心に辿り着けるのか?

この作品を読むと、愛に関する様々な問いかけを感じる。

相手の本心を知らなければ、愛とは呼べないのか?
相手の本心を知っても、愛し続けられるのか?

『本心』は、まだ発売されたばかり。ぼくがこれを読んで、どう考えたかをここに今日書くのは、野暮というものだろう。しかし、ぼくはこの作品を繰り返し読みながら、愛とは何のなのかを繰り返し考えた。

ぜひ、みんなにも読んでほしい。

ぼくとは違う切り口で早速、ハフィントンポストの竹下さんがレビューを書いてくれているので、気になった人は、こちらもどうぞ。


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