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本を閉じてから始まる物語

先日、ニュースピックスから、文学作品の選書をしてほしいと言われた。

取材相手が期待しているのは、リーダーシップが学べたり、仕事をする気が湧くような作品だった。

しかし、僕の中で、天邪鬼な気持ちが湧いた。そのようなものを、僕は文学作品だとは思っていない。わかりやすくて、手っ取り早く読めるストーリー性の高いものではなく、読むのに時間がかかり、意味がわかりにくいものを選書することにした。

文学作品は、栄養剤でもなければ、薬でもない。何か効用を求めて、読むものではない。短い言葉では言語化できないものを、全体として伝えたくて、わざわざ小説を書く。作家は、小説でしか伝えられないことがあるから、書くのだ。

選書の中に、大学時代に読んだメルヴィルの「書記バートルビー」をいれた。

この中篇は、なんとも不思議なストーリーだ。バートルビーという法律事務所に雇われた書記が、何を依頼しても、「I would prefer not to. しないほうがいいと思います。」と言って、断ってくる。何一つ、一切仕事をしない。そして、そのまま、生きることすら「I would prefer not to」と言って、拒否して死んでいくのだ。

何よりも、アメリカを代表する作家・メルヴィルが、この中篇を書き終えた後、執筆活動をやめる。バートルビーの主張は、メルヴィルの主張でもある。

この作品が、喉に刺さった小骨のようにずっと気になっていた。読むたびに、心がざわつく。でも、感想を言語化ができない。「不思議な作品で、気になる」くらいしか言えない。

初めて読んでから、16年たった。それで、自分が感想を言えるようになっていることに気づいた。その作品の持つ意味を、僕なりに理解するのに、16年もかかったのだ。

最近、コルクラボでは、メンバーが「DOの肩書、BEの肩書」というワークショップを広めてくれている。コルクの社内にも導入した。

多くの学生が、そして僕自身も、就職活動で戸惑うのは、ずっとbeの追求をしてきたのに、急にdoで語らないといけなくなることだ。その時期に、僕は「書記バートルビー」を読んだ。

資本主義社会のなかで、doはお金と交換可能だけど、beは交換できない。ほぼ意味を持たなくなる。バートルビーは、doが求められることを拒否した。そして、そのまま生きることも拒否した。doがなければ、生きる余地がない社会であるということでもある。

doの肩書とbeの肩書を使えば、「バートルビー」の感想が言える。そう思ったけど、そこまではっきりと言語化できているわけではないことが、ブログを書くことで、再度、明らかになった。

文学作品は、本を読み終えたら、終わりではない。本を読み終えた時に、心の中に何かが残る。それが始まりなのだ。本を閉じてから、物語が始まる。

僕は16年間、「書記バートルビー」を読み続けている。

そして、今、現役の作家で、もっともそのような作品を生み出しているのは、平野啓一郎だ。最新作『ある男』は、面白く読める。同時に、読み終えると「ある男」が、あなたの心の中にいるようになる。そんな話だ。

序文だけでも、まずは読んでみてほしい。



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佐渡島庸平/コルク代表

2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。

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