どうやって、自分の存在感をなくすのか?
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どうやって、自分の存在感をなくすのか?

「どうやって、自分の存在感を高めていくか?」

学生の時、自分が社会で活躍するイメージが全く持てなかった。社会人になった後、自分の居場所を作るためには、存在感のある人にならなくてはいけないと、盲目的に努力をした。存在感があるのとないのだと、ある方がいいに決まっていると、その是非について考えることはなかった。

編集者として連続してヒット作を作ることは、目的でもありつつ、存在感を大きくするための手段の一つだった。起業してからも同じだった。コルクという会社、創業者である僕の存在感を、どうすれば大きくできるのかを思考し続けた。

でも、現在は真逆だ。

「どうやって、自分の存在感をなくしていくのか?」

この問いについて、ここ一年くらい、ずっと考えている。

着想をくれたのは、去年参加した「馬に学ぶリーダーシップ研修」という2泊3日のプログラムだ。

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経営者としても、編集者としても、様々なメンバーとチームを組んで仕事をするようになってから、「どうやって、人を動かすか」ではなく、「どうやったら、人が自分で動く場を作れるのか」について考えるようになった。

イソップ寓話の『北風と太陽』と同じで、力技で相手を動かそうとすると、逆に相手の心は閉じてしまう。「やりたい」と思っていたことも、他人から押しつけられると、醒めた気持ちになってしまう。

存在感を生み出すためには、自分の主義・主張を磨いた。それが鋭くなればなるだけいいことだと考えていた。しかし、正しい主義・主張は、北風的な行為かもしれないと考えるようになった。

太陽がやったみたいに、相手が自ら動きたくなるあり方とは何か? 

そのヒントをくれたのが、この馬に学ぶリーダーシップ研修だ。

馬はものすごく繊細な動物だ。広い視野があり、聴覚・嗅覚が優れている。20メートルくらい離れた場所にいても、人間が指を少し動かしたことに気づき、反応を見せたりする。こちらの一挙一頭即まで監視されている状態で、わずかな動きも見落とさない。こちらの感情まで読み取るという。

この繊細である馬と意思疎通を図るのが、とても難しい。

馬と一緒に散歩をしようと思っても、馬場の中に戻そうと思っても、言うことを聞いてくれない。大きく身振り手振りをしたり、大声を出したりしても、ちっとも動いてくれない。こちらが本気でしたいと思ってないこと、研修だからやろうとしてることが伝わってしまう。

鞭で無理やり言うことをきかせるのではなく、馬が自ら動きたくなるようにコミュケーションするには、どうしたらいいのか?

自分からのアクションで他者をコントロールしようとはせずに、相手へのリアクションの中で自分の想いを込めるようにしてみた。

具体的には、馬の様子をしっかりと見て、耳がピクっと動いたり、首が少し曲がったりと、馬がちょっと動くたびに、こちらも動く。馬が動かない時は、こちらも動かない。馬が首をこちらに向けた時だけ、馬に近づく。

そんな風に、馬の反応に合わせて、ただただリアクションを重ねていく。そうしてリアクションする中で、こちらが望んでいることを少しずつ促す。そうすると、こちらの意図を汲んで、馬が少しずつ自分で動き出す。

込めた意図が、お互いのアクション・リアクションのサイクルの中で増幅していく。もはや、動き出した時には、馬が僕を動かしたのか、僕が馬を動かしたのか。主従がわからなくなっている。

この研修以降、相手への観察を、より意識するようになった。

まずは相手をしっかりと観察する。そして、相手の反応に合わせて、自分のリアクションを重ねていく。馬を見ている時は、皮膚の痙攣、首の向き、耳の方向を意識すればいいとわかると、リアクションが取りやすくなった。では、人の場合は、表情以外にどこに注目するといいのか。

だが、この試みには、ひとつ大きな課題がある。

声を出したり、身振り手振りをしてなくても、ぼく自身から無意識の間に存在感が出ていると、相手がぼくに合わせてリアクションをしてしまう。ぼく自身は、存在を主張しているつもりは全くないにも関わらずだ。

だから、この1年間、自分の存在感を極力なくす工夫をしてきた。

例えば、新人マンガ家たちとのオンライン打ち合わせでは、ぼくだけ画面に顔を出さないようにしたり、声を発さないようにした。一見、関係性が見えない第三者には失礼な行為に見えるかもしれないことを、試行錯誤した。

そして先日、改めて、1年振りに馬に学ぶリーダーシップ研修に参加した。

すると、前回より、馬と遥かに意思疎通ができるようになっていた。

上の動画のように、馬と並走して走るだけでなく、鞍と手綱を使わずに乗馬することもできた。これは、お互いの信頼関係が築けた結果だとぼくは思っている。

存在感を消し、相手を観察し、リアクションを通じて、心を重ねる。

馬とより深く通じ合えたことで、自分の仮説は見当違いではなかったと実感できた。

「する」という行為はどこまで具体的だ。

編集者が作品づくりに関わる時、仕事は「する」の集合体だ。ぼくは、経営者も、編集者とは違う何かを「する」人だと思ってずっと行動していた。

しかし、経営者としは、場をつくり、「する」人たちをサポートする仕事だと最近は認識するようになった。そして、他者の「する」を邪魔しないようにするためには、「しない」で「いる」ことが重要なのだ。さらに場を快適にするためには、自分が「いる」という空気すらない方がいい。

「する」は圧倒的な具体だ。その具体を「会社の文化」という抽象へと移行すること。それが今の僕の役割なのだと思う。具体から抽象への移行を「する」ではなく「いる」を通じて実践するには、どうすればいいのか。経営とは、具体と抽象を行き来する仕事なのだろう。

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さて、こんな風にnoteに書いて、想像ではうまくいってることを、僕は実装できるのか。

今日は編集者であるぼくにとって、すごく特別な意味を持った1巻と同じくらい大切な意味を持った『宇宙兄弟』40巻の発売日でもある。


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佐渡島庸平(コルク代表)

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コルク代表・佐渡島のnoteアカウントです。noteマガジン『コルク佐渡島の好きのおすそ分け』、noteサークル『コルク佐渡島の文学を語ろう』をやってます。編集者・経営者として感じる日々の気づきや、文学作品の味わい方などを記事にしています。