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編集者のぼくが"演劇"に出演する理由

40歳を超えた頃から、自分を規定することをやめようとしている。

20代は自分が何者かと定義したいと気持ちだったが、少しは自分がわかってきて、流されるのが怖くなくなってきたという感じだろうか。

編集者だったらこうすべき。社長だったらこうすべき。父親だったらこすべき。自分で勝手に規定していた沢山の「べき」に気づき、それらを意識して手放していく。そして、流される。

すると、新しい自分に出会うことが増えた。

ヨガや瞑想をはじめたり、絵の練習をしたり、YouTubeに挑戦したり。いま、福岡と東京の二拠点生活を選んだのも、その変化の延長線上にある。

新しいことを始めると新鮮な気づきが多い。今の僕は編集者の仕事をしている時、誰かに褒められたい気持ちにはならない。誰かに簡単にすごさがわかるレベルのことをしていてはいけないとすら感じる。

しかし、はじめたばかりのことを褒められると、ちょっとしたことでも嬉しく感じる。それで、もう少し工夫してみようと試したりするのが、また面白い。

この年齢になって、自分と出会い直す。その感覚が、心地よい。

昨年、はじめて挑戦した「演劇」も、そんな体験のひとつだ。

それまで、演劇を観るのは大好きだが、自分が演じることには全く興味はなかった。そもそも、大きな声を出すのは好きじゃないし、身振り手振りで体を動かすのも、恥ずかしいと感じていた。

ただ、マンガづくりにおいて、感情表現は欠かせない。マンガ家はキャラクターに演技や演出指導する必要がある。その指導が拙いと、読者は作品の世界に没入できない。それで、ぼく自身が実際に演劇をやってみて、身を以て演技や演出について学んでみたいと思った。

そうして、昨年夏に、『カフェマメヒコ』の井川さんが主催する劇に役者として出演した。

そして、来月。再び、井川さんが主催する演劇に出演する。

5月1日と2日に公演する『ぽうく』だ。チケットを購入して、ぜひみにきてほしい。

脚本も、演出も、演技指導も全て井川さんが行うのだが、井川さんの演劇の作り方は、とてもユニークだ。

井川さんは、役者から物語を浮き上がらせる。

井川さんは脚本を書く前に、役者一人ひとりに価値観や人生観を聞いて、相手を丁寧に観察する。その上で、その役者が演じる役を考えていく。物語に俳優をハメていくのではなく、その俳優が演じるのに相応しい役や物語を創り上げていくのだ。

例えば、昨年夏に出演した劇では、ぼくに与えられた役は頭でっかちな人間で、物語の最後では「自然の中で生きたい」と思うようになる。

面白いのは、現実のぼく自身も、自然に囲まれた暮らしをのぞんで、福岡への移住を決めたことだ。

舞台の公演が8月で、福岡への移住を考えはじめたのが10月。舞台でその役を演じることで、自分に緩やかに影響に与えたのではないか。井川さんは、ぼく自身が気づかなった感情や欲求を察知していたのではないか。そんなことを思わずにいられない。

今回の公演は、ぼく以外にも、コルクラボのメンバーが複数参加する。

これだけ聞くと、素人俳優が出演する、素人演劇のように思われるかもしれないが、そんなことは全くない。井川さんがそれぞれのメンバーをよく観察して、それぞれの役を作っているからだ。

もちろん、舞台で演じる役は、現実の自分とは違う。でも、舞台で描かれる世界に、その人が転生したら、こういう風に振る舞うのではないだろうかと思える役に仕上がっている。その俳優本人の、ありえたかもしれない姿を見出すことのできる劇となっているのだ。

だから、演技が素人臭くならない。他人を演じるのではなく、違う世界の自分として舞台で振る舞っているような感覚だ。

演劇を通じて、自分が知らなかった自分になってみて、これからの自分について思考を深める。まるで、演劇という名のセラピーだ。

演技や演出を学ぶだけではなく、新しい自分と出会うことができる。こんなユニークな体験をさせてもらえるのは、井川さんの演劇くらいだろう。

今回の『ぽうく』で、ぼくが演じるのは、引いた目で世の中を見ていて、皮肉を言う教授だ。周りとあわせずに、好き勝手やっていく。この役を演じることで、ぼく自身がどんな影響を受けていくのかが、楽しみだ。

最後に、もう一度宣伝をすると、ぜひ、チケットを買って観に来てほしい。5月1日、2日の昼と夜の4公演だ。


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