その道の「プロ」にしか描けない物語
多くの企業で複業(副業)が解禁され、本業と並行して新しいチャレンジに身を投じるビジネスマンが増えてきた。
その複業先として、「マンガ家」を選ぶ人がいる。
マンガ家というと、多くの時間と特別な才能を要する職業だと見なされてきた。アシスタントとして数年かけて腕を磨き、試行錯誤を繰り返しながら作品を描き続けても、売れる作家になれるのは一握り。多くの人にとって、職業選択としてマンガ家は馴染みがないだろう。
しかし、現在はマンガを描くための「型」が、手軽に身につけられるようになってきた。Youtubeには、マンガの描き方を教える動画が数多く投稿されている。素人でも、少し努力をして正しい型を習得すれば、伝えたいことをマンガにして世に出すことができる時代だ。
僕は、複業としてマンガに挑戦する人が増えていることに、マンガの新しい可能性を感じている。
これまでは、技術を極めたプロマンガ家が、色んなジャンルの専門家に取材をし、そこで聞いた話をもとにマンガを描いてきた。ただ、マンガ家自身が経験したわけではないので、その道の専門家が作品を読むと、どうしても描写や感情の動きにリアリティが欠けてしまうことがある。
だが、その道のプロフェッショナルが描くのであれあば、今までになかった読み応えのあるマンガが生まれるはずだ。自ら執刀している医者だからこそ描ける医療マンガを僕は読んでみたい。
現在、『コルクラボマンガ専科』を主催しているが、先月終了した1期にも、複業マンガ家として腕を磨きたいメンバーが多数参加してくれた。
複業マンガ家が描く作品の可能性を感じてもらいたく、マンガ専科1期卒業生のふたりを紹介したい。
コンテンツスタジオ『CHOCOLATE Inc.』のメンバーの谷川瑛一さん(写真右)と冨永敬さん(左)だ。
ふたりともマンガ専科には入るまでマンガを本格的に描いたことはなかったそうだ。だが、最終課題となる32ページのネーム制作では、本業での経験を活かし、他の誰かでは描けない作品をつくってくれた。
谷川さんは、広告会社でデザイナーとして働く中で感じた感情を作品で描いている。演出力や絵も抜群に上手く、「専業マンガ家を目指した方がいいんじゃないか」と思うほどのセンスを感じた。
(▼)谷川さんの最終課題
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冨永さんは、広告会社のプランナーらしく、馴染みのある物語をズラして面白さをつくる技をマンガで見せてくれた。その結果、とてもシュールな世界が生まれた(笑)。独特の笑いのセンスを感じるので、こちらも読んでもらいたい。
(▼)富永さんの最終課題
いかがだっただろうか?
ふたりとも、本業で忙しく働きながら、マンガ専科に約半年間通い、このレベルのネームを仕上げてきてくれた。
マンガとは天性の才能と多くの時間をかけないと描けない「特別なもの」ではない。多くの人がマンガ表現を使って、自分の感情を届けられるようにマンガ技術の体系化を、僕は目指したい。
現在、マンガ専科は10月から始まる2期生を募集している。
マンガ専科には、ふたりのように本業をやりながらマンガ家を描くことにチャレンジする人に参加して欲しいと思っている。もちろん、専業のプロマンガ家を目指す人も大歓迎だ!
それと、コルクラボのエディターズギルドのメンバーが、谷川さんと富永さんへのインタビュー記事を作成してくれた。
マンガ専科に興味がある人は、読んでみてください!
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32ページのネームをやりきった自分を褒めたい
ー まずは、最終課題、お疲れ様でした!32ページのネームをやりきった感想はいかがですか?
富永さん:正直、大変でしたね…。はじめは何もアイデアが思い浮かばなくて苦しかったです。死ぬかと思いました(笑)。
谷川さん:32ページのネームって、こんなに大変なのかと思いました…。4ページくらいのマンガなら頑張れば描けそうじゃないですか。でも、32ページは長すぎる…。
ー でも、やりきりましたよね!しかも、すごく読み応えのある作品だと思いました。
谷川さん:なんとか描き切れましたね…。32ページのネームを完成させたということだけでも、大きな自信になります(笑)。
富永さん:やっぱり強制力のチカラはすごい。こうやって課題として出されない限り、自分でマンガを描くなんて絶対にできないですね。
谷川さん:あとは、50人のマンガ家と一緒に受講するので、お互いに刺激を与えあえたことも要因として大きいです。みんなが頑張ってるのを見て、自分もやらなきゃと思えたので。
物語として魅了させる「型」を学ぶために
ー そもそも、ふたりが受講したキッカケは何なんですか?
富永さん:もともとは、CHOCOLATE Inc.(以下、チョコレイト)で「オリジナルキャラクター」をつくるプロジェクトをやってたんです。そこにアドバイザーとして佐渡島さんに参加いただいて、マンガ専科の存在を教えてもらいました。
谷川さん:僕らのほうで、「キャラクターの設定」や「あらすじ」の企画は出せるんですが、物語として魅了させる部分が弱いと佐渡島さんに指摘されていて…。それで、物語のつくり方を学ぶために、マンガ専科を受けてみようと思ったんですよね。
ー なるほど。マンガを描くというより「物語づくり」の勉強として参加を決めたんですね。
富永さん:そうなんです。マンガは、「キャラクター」「あらすじ」「演出」と全て自分ひとりでやらないといけないじゃないですか。だから、物語づくりに対して、俯瞰的に学べるんですよね。
ー 確かに、映像やグラフィックと違って、マンガは一人で完結できますもんね。
富永さん:あとは、自分みたいな人でもマンガが描けるかを試したい気持ちもありました。マンガって芸術肌な天才でないと描けないイメージがあるじゃないですか。でも、マンガ専科は「マンガの知識を体系化して、どんな人でもマンガを描けるようにする」みたいな宣伝文句があって、そこに惹かれました。
谷川さん:僕も同じですね。広告の企画やデザインって、「型」があるんですよ。ストーリーづくりにも型があるならば、それを学びたいと思いました。
ー 実際に、物語の「型」は学べました?
谷川さん:めちゃくちゃ勉強になりましたね!『東京ネームタンク』のごとうさんの講義は学べることばかりで、僕の最終課題のネームなんて、教わったことを言われた通りにやっただけですから(笑)。
富永さん:ホントそう。キャラクターの立て方とか、ストーリーの見せ方とか、ごとうさんの講義は全て勉強になりましたね。マンガだけでなく、YouTuberとか色んなコンテンツの企画で活かせそうです。
(▲)富永さんの授業メモ。ビッシリとメモっています。
「メンタル」を叩き込まれるマンガ専科
ー 約半年間の講義で、印象に残ったものはどれですか?
富永さん:どの講義も面白かったですが、特に印象に残っているのは、山田ズーニーさんのワークショップかなぁ…。
谷川さん:確かに、ズーニーさんの講義はすごかったですね。「自分の本当に表現したいことを伝える」みたいなテーマで5時間くらいのワークをするんですが、強制的に自分と向き合わないといけない。しかも、最後はみんなの前で発表をするので、なかなか過酷でした(笑)。
ー 人生でもなかなかない経験ですよね。
富永さん:これまで、自分の内面をさらけ出すことから、いかに避けてきたかがよくわかりましたね。でも、漫画家や小説家といった表現者は、「自分の中にある感情を伝える職業」なんだと教わった気がします。
谷川さん:そうそう。めちゃくちゃ苦しかったけど、気づきが多い時間でした。「こういうことがしたかったんだな」と、自分の原点を知れたのが良かったです。オリジナリティのもとになると思うので。
ー マンガ専科は技術だけでなく、精神的な部分を結構叩き込まれますよね。
谷川さん:ですね。佐渡島さんからも、ごとうさんからも、メンタルの部分での学びが多かった気がしますね。描いていて楽しいものを見つけることが大切とか。最後は、マンガ家として、いかに健康体を保つかについてまで教わりましたから(笑)。
富永さん:ここがコルクラボ漫画専科の大きな価値ですね。マンガの技術だけだったら、本を読んだり、他でも勉強できそうじゃないですか。マンガ専科は、メンタル面も含め総合的に学べるからマンガ家として成長できるんじゃないかなと思います。
兼業マンガ家だからこそ描ける物語を
ー 最後に、マンガ専科で学んだことを、どう活かしていきたいですか?
富永さん:学んだことを活かして、オリジナルキャラクターをつくってみたいです。「コッペくん」や「しんぱいいぬ」みたいな。
谷川さん:僕もマンガ専科で学んだことは、チョコレイトでの仕事にどんどん活かしたいですね。YouTubeチャンネルもそうですし、様々なコンテンツで活かせそうです。あとは、自分のマンガを作る時間をどう作るかですよね…(苦笑)。
ー 谷川さんの最終課題のマンガは、広告業界で働かれてきた谷川さんならではの読み応えがありました!今後も是非描いてもらいたい…。
谷川さん:確かに、兼業だからこそ描けるマンガって、ありますよね。最終課題も、実際に僕が働いている中で出会った感情を盛り込んでいます。マンガとして分かりやすくするために表現をオーバーにしていますが、描いている感情は「本物」なんです。
富永さん:佐渡島さんも講義で「別のことを本業としている人だからこそ描けるマンガがある」と言っていましたよね。その言葉を聞いて、すごく気が楽になりましたね。僕らだからこそ、描けるものを探していきたいです。
谷川さん:ですね。全然知らないファンタジーや冒険の話なんて描けないし、僕が描く意味もないんですよ。自分が経験したことや、自分の中にある感情を描き切る。コルクラボで学んだことで最も大切なことは、これかもしれないですね。
ー ありがとうございます。ふたりらしいマンガを楽しみにしてます!
(写真・テキスト:井手 桂司)