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世界観の時代は、"握手のできる"クリエーターが生き残る

世界観の共有が、人を動かす原動力になる。そのことを表すエピソードを、ひとつ紹介したい。

キング牧師の有名な演説「I Have a Dream」。

これは、もともと準備していたスピーチ原稿とは違う内容らしい。キング牧師は最初、黒人の権利が踏みにじられていることを証明する様々な情報を集め、ファクトとデータで観衆を説得しようとしていた。でも、スピーチを聴いている聴衆が退屈そうにしているのを見て、途中で用意してきた原稿を読むのをやめた。そして、いきなり「I Have a Dream」とはじめた。

「I Have a Dream」の内容は、ひたすら「こういう世界が来てほしい」というキング牧師の世界観の話だ。論理も説得もない。でも、聴衆はその話を聴いて、心が動いた。結果、時代が動いた。そうして、このスピーチは、今日まで残る名演説に数えられている。

「頭でわかるけど、心が動かない」と「頭でわからないけど、心は動く」を比べた時、これから大切になるのは確実に後者だ。そして、心を動かすには、世界や人生に対する見方である世界観が、何よりも大切になる。

ぼくが編集者としてやっていることも、世界観を読者と共有することだ。

作家は自らの願望を作品に描くことで、「こういう世の中にしたい」「こういう生き方をしたい」と読者の心に訴えることができる。物語を経由することで、作家の世界観の具体的なイメージを共有することにより、読み手の世界観を滑らかに変えていける。

例えば、『宇宙兄弟』では、現実では原因も治療法も解明されていないALS(筋萎縮性側索硬化症)に対し、治療薬開発の実験に成功するシーンを描いた。そこには、多くの人の理解と気持ちが集まれば、ALSを治せる病気に変えられるはずだ、という小山さんの願いが込められている。

コルクでは、宇宙兄弟で描いた未来予想が、一日でも早く実現することを願って、『せりか基金』というALSの治療方法を見つける研究開発費を集める活動を行なっている。そして、第4回目となる今年は、例年の倍以上となる約2千万円が集まり、1,600万円を研究者に助成できることになった。

コルクは「物語の力で、一人一人の世界を変える」をミッションにしているが、『せりか基金』はまさにそれを体現していると感じる。

いかに世界観を共有し、読者の世界を変えていけるか?

そんな作品づくりをしていくために、ものすごく重要だと思うことがある。

それは、クリエーター同士がチームになることだ。

マンガ製作は、基本的にひとりのクリエーター(マンガ家)が、すべてを担っていた。手伝う人たちは、アシスタントであり、漫画家と対等な立場ではなく、弟子みたいな存在だった。映画であれば、脚本家、撮影監督、美術監督など様々なプロフェッショナルが集結し、ひとつの作品を作り上げる。一方、マンガ家はストーリーを考え、構図を考え、絵も描いてと、ひとりが何役もの役目を負う。

だから、ぼくは、マンガほど総合芸術として優れているものはないと思うし、マンガ編集という仕事にやりがいを感じてきた。

だが、それは言い換えると、何でもできるスーパーマンのような人間しか、マンガ家になれないことを意味する。今、日本のマンガの市場規模はそこそこ大きいが、そのほとんどは大手出版社で連載しているマンガ家の作品によるもので、市場規模に対してマンガ家の人数は少ない。

一方、中国や韓国では、ものすごい量の作品が生まれ、人気作品が次々と登場し、産業に関わる人口が急増している。今年、日本でもヒットした『梨泰院クラス』も、韓国のウェブ漫画(ウェブトゥーン)を実写化したものだ。

「日本のマンガはクオリティが高いから負けるはずがない」

そう思っていると、気づくと中国や韓国のマンガが、日本以外の全世界を席巻している可能性が十分にありえる。実際、韓国や中国のウェブ漫画は、アメリカや東南アジアで、どんどん受け入れられはじめている。

では、中韓で、ものすごい量の作品が生み出せる理由は何か?

それは、映画のようにチームで作品を作っているのだ。

マンガ家を複数のアシスタントがサポートするワントップ体制の日本と違い、向こうでは複数のプロフェッショナルがフラットなチームとなり、ひとつの作品を作り上げていく。マンガ家ひとりの才能への依存度が高い日本と比べ、チームでやるので作品づくりが途切れることが少ない。

また、日本で編集者というと、作家と1対1の関係となり、並走者として作品づくりをサポートしていく。でも、向こうでは、様々な領域のプロフェッショナルがチームとして機能するように、チームビルディングやファシリテーションを行うことが編集者の重要な役割になっていこうとしている。彼らも新しい仕組みを模索中だが、日本ではほとんど誰もやっていない試行錯誤を彼らはやり続けている。

この日本と中韓の違いを知った時、愕然とした。団体戦で戦ってくる相手に対し、ぼくらは個人の力量頼みで勝負しているような状態だったのだ。

この気づきから、コルクの新人マンガ家育成の方針を大きく変えた。

2020年に新設した『コルクスタジオ』というスタジオで、新人マンガ家たちは様々なクリエーターとチームになりながら、作品づくりをしていく。

そのひとつが『ティラノ部長』。

この作品は、放送作家の鈴木おさむさんが原作を担当し、『眠れないオオカミ』を描いているマンガ家のしたら領が作画を担っている。

ティラノ部長の製作の裏側は、したら領のnoteに書いてあるので、よかったら併せて読んでみてほしい。

ぼくが、コルクスタジオで大切にしているのは、クリエーターに「主従」をつけないことだ。『ティラノ部長』も、鈴木おさむさんに決定した脚本を貰ったというより、マンガ家と一緒になって設定や世界観を創ってもらった。チームでやるとは、そういうことだ。

まだ、チームの中での役割分担は、最適な形まで進化していない。でも、ここからたくさんの作品を複数人で作ることで、チームとしての戦い方を身につけていく。

チームで行うことの真の価値は、生産性が上がることではなく、クリエーター同士の化学反応で、作品の世界観に膨らみがでることだ。

自分の得意としている表現は、クリエーターによって違う。頭の中にある世界観を、言葉や文章で表現することが得意な人もいれば、ビジュアルで表現するのが得意な人、音楽で表現する人、空間で表現する人と様々だ。

チームとして世界観を共有することができれば、その表現方法は無数に広がっていく。その結果、多くの人の心を揺さぶる強いコンテンツになる。

ぼくらは、この仮説のもと、様々な領域のクリエーターにコルクスタジオに入ってもらい、新しい作品の作り方に挑戦していきたいと思っている。

そう考えると、これからの時代のクリエーターに求められるのは、同じ世界観を共有できる相手に、握手の手を自ら差し出す姿勢なのかもしれない。

個人の才能頼みではなく、チームとして戦っていく。

これまでチームビルディングやファシリテーションというと、マネジメントの文脈で勉強してきたけど、コンテンツづくりの文脈においても、ものすごく重要になってきていると、改めて感じる。

2021年、僕はクリエイターのチームを編集する人になる。


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