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無知の度合いを知る

 ラスベガスで行われているCESに行ってきた。今までは、技術とエンタメの関係度は低いから、その技術をどこかの企業が取り入れてから把握しておけば十分だった。これからは、もっと変化が早いから、その前の時点から把握しておいて、自分なりの予想をたてておくことが重要だと考えて、CTOの萬田と一緒に行った。

 行ってみて、驚いた。全く楽しめないのだ。1月の前半になると、CESに行って勉強になった、という投稿がFacebookを賑わすのだけど、あれはFacebook映えする投稿をみんながしているだけだというのが僕の予想(笑)

 まず、社会の変化が早すぎる。ソニーやLGやサムソンが、巨大ディスプレイを、ドーンと自慢している。しかし、そのような技術を取り入れるのが早い街ラスベガスの場合、それよりもずっと大きくて、曲面のディスプレイが街中でみれる。そこの画質もすごくいいので、もしもCESで紹介しているディスプレイが画質の向上だったとしたら、素人には気づけないレベルだった。だから、CESの大手の展示場所は、数ヶ月後のビッグカメラの店頭を歩いていえるような気分で、そこまで未来を見せてもらったという気持ちにはならなかった。どちらかといえば、何を見せればいいのかというのを模索していて、伝わりにくい、お金がかかっているのが伝わる展示だと思ったというのが、正直な感想だ。

 ベンチャーブースは、フランス、ドイツ、イタリア、イスラエルのブースが面白かった。そして、深センのパワーが半端なかった。

 こちらは、空気を感じることができた。しかし、新人編集者の時に、新人賞の漫画の山を読んだ時の感覚と似ている。どれがいいのか、見るポイントがわからないのだ。年4回の新人賞を何年か経験して、絵のうまさとそのストーリのまとめ方でなく、観察力と感情表現のうまさを僕は見るポイントにするようになった。その見るポイントが全くわからなくて、今回の出張で、何か情報を得れたという実感がなかった。そして、これを理解するために、これからかなり技術に対する情報の感度を高めておかないとわかるようにならない、ということがわかった。収穫は、自分の無知の度合がわかったことというべきか。

 よければ、技術の進化を理解するのに、見ておくといいオススメのものを知っていたら教えてください。

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コルク代表・佐渡島のnoteアカウントです。noteマガジン『コルク佐渡島の好きのおすそ分け』、noteサークル『コルク佐渡島の文学を語ろう』をやってます。編集者・経営者として感じる日々の気づきや、文学作品の味わい方などを記事にしています。

コメント5件

こんにちは。私は、次のように理解しました。
1)南アフリカにいる中学時代→物理的に離れているから孤独を感じるのでは?という仮説
2)高校、大学時代→なんで近くに人がいるのに孤独なんだろう?(中学時代の仮説が誤りだったことの確認、新たな仮説なし)
3)編集者になった→孤独が少し癒されたのはコミュニケーション能力の問題?という仮説をたてて、仕方ないと考えていた
4)新しい仮説をたてるきっかけとしてのファンイベント
5)問題提起 SNSでさんざんつながっているのに孤独を感じるのはなぜ?
6)孤独を癒すための解(ファンイベントで感じたもの)と自ら参加するコミュニティーの同質性をこの本では取り上げます。
本文では、
・孤独(特に昨今のSNS流行時代に感じる孤独)を感じる原因についての分析
・孤独ではないと感じた理由の分析(個人的には「同志」とかいう表現なのかなと感じてます))
・自分の意思で参加する新たなコミュニティーの価値(特に生きるために会社に帰属する必要がなくなる時代でのコミュニティーの価値)
などが読めるのかなと思いました。いずれも大変興味深いと思います。
以上のように読んだのですが、恐縮ですが気になったところを書かせていただきます。
「僕も中学時代は、孤独を感じていた。」
←中学時代「は」とあるのと、過去形になっているので、今では孤独は解消されたように読めました。解消された話になるのかと思ったところで、高校・大学で解消していないという話だったので少し違和感を感じました。

「改善しただけかもしれない。
人は孤独なのが当たり前だ。」
←改行があったので、最初は「改善しただけかもしれない」というのが仮説であるかのように読めました(そういう意図であればすみません)。解決する方法はない、と考えていた・・・けれど・・・と言う文脈かと思いますがあっていますでしょうか?

コミュニティーの話につながる部分が少し唐突に感じました。

せっかくなのでコメントさせていただきました。楽しみにしています。
楽しみです! タイトルが「We are lonely, but not alone」というのは、あえて英語にされたのかな?もしそうだとしたら、どのような理由があるのかな?と思いました。このテーマで私は「寂しさ」ということにも触れてもらえると興味深いと感じています。「寂しさが生じてこないひとり」と「寂しさが生じてくるひとり」があるような気がして。
技術の進化をレポートしているレポーターがいます。
https://medium.com/ecosystembymakers/201802-b48c0e9127d2
深センを中心にmakersの最新活動を随時更新してるオススメです。
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