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言語化能力をいかに鍛えるか

僕は自分の言語化能力が人より発達していると思ったことがなかった。作家という自分よりすごい人に囲まれていて、逆立ちしても勝てないと思うことの方が多い。

でも、このブログを毎週、更新するようになり、より多くの人にそのように評してもらうことが増えた。そこで、僕の言語化能力はどのようにして磨かれたのかを振り返ってみた。僕の場合は、学習によるものなので、他の人も模倣できる。

僕の言語化能力、編集者の基礎は、大学時代に翻訳者・柴田元幸の授業を4年間受け続けたことにある。(ちなみにカバー画像は、大学時代の僕で、よく30代と間違えられていた)

そもそも僕は、柴田さんの授業が受けたいがために東大を受験した。

高校生の頃の僕は、村上春樹が夢にでるくらい好きで、村上春樹による翻訳小説もほぼ全て読んでいた。その時にティム・オブライエンの『ニュークリアエイジ』を大好きになり、卒論はティム・オブライエンの『失踪』で書いた。レイモンド・カーヴァーも大好きで、村上春樹がセレクトした傑作集『Carver's dozen』の中に収録されているチェーホフの死の瞬間を描いた『使い走り』は、僕が人生でもっとも好きな短編だ。(文学談義はまた別の機会に)

村上春樹の翻訳小説では、全てのあとがきに、「今回も柴田さんにお世話になりました」とお礼が書かれていて、僕は柴田さんの授業を受けたくなった。

大学4年間、柴田さんの授業を毎週受けていた。柴田さんの授業を受けるために、学部の講義に潜り込んだりして、4年間切れ目なく授業を受け続けた。授業内容は主に2つ。

ひとつは、翻訳の実践。柴田さんが題材を厳選してくれて、英語から日本語に翻訳する。

文学作品を翻訳する。これが、言語化能力を磨く、最短の方法だ。日本語だけを使っていても難しい。「美しい」と「綺麗」の差は何かということを、唐突に日本語で考え始めることはなかなかできない。でも、この文章の中で、beautifulを翻訳すると、どの言葉が相応しいのかと考えていると、自然と「美しい」と「綺麗」の持つニュアンスの差について考えることになる。入試問題の和訳問題で、句読点で減点されることはない。しかし、翻訳論だと、文章をどこで切るのか、リズムをどのように整えるのかも、フィードバックの対象になる。

柴田さんの翻訳論を毎週、受け続けたことが、僕の言語への解像度をあげた。

これは、人は比較しないと対象への理解を深められないという一般論に落とし込むことができる。言語も同じだ。日本語だけを使っていても、日本語への理解は深まらない。英語、フランス語、中国語と複数の言語を使うようになると、語の持つニュアンスへの理解が深まる。

だから、母国語以外で書かれた小説が、傑作であることが多いのだろう。シンプルな言葉で、味わい深く人生が語られる。

アゴタ・クリストフの『悪童日記』、ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』、ハ・ジンの『すばらしい墜落』、ジュンパ・ラヒリの『わたしのいるところ』。どれも、傑作だ。

ふたつめは、短編や中編小説を読み、作品に対する解釈をみんなでディスカッションする授業。

これは、毎回のレポートを書くのにすごく苦労した。このブログの半分ほどの長さを書くのでも丸一日はかかっていた。小説を読んで、面白い、共感した、以外の感情を他者に共有する機会はほとんどない。それ以上の言葉がなかなか出てこないのだ。

ワインのソムリエになることの難しさの一つに、味を記憶することがある。味という視覚情報でないものを、どのように記憶しておくのか。同じように、小説を読んでいる時に湧き上がってきた感情をどのように記憶するのか。そして、その感情が、なぜ湧き上がってきたのかを考えるのが難しい。ストーリーによるものなのか。ストーリーの触発された過去の感情なのか。尊敬する柴田さんのフィードバックがもらえる喜びで、何度も脱落しそうになったけど、続けることができた。

翻訳も、小説の分析もそれぞれ80回近く課題をやった。編集者になっても、そのようにじっくりと腰をすえて言葉や物語について考える機会はない。大学時代に好きでとっていた授業が、気づかないうちに僕の編集者として能力を鍛えてくれていたのだ。

編集者にも新人漫画家にも、僕は作品の感想をしっかりとブログに書くようにとアドバイスする。楽しんで読むだけだと、読者から脱することができない。作品を読みながら湧き上がる感情を言語化できて初めて、様々な出来事の時に自分の感情も言語化できるようになる。

僕も生まれつき言語化能力が高かったわけではない。だが、繰り返し実践することで、評価してくれる人がいるレベルにはこれた。繰り返しやることをいとわなかったのは才能かもしれない。しかし、どんなことを愚直に繰り返さないと能力として定着はしないのだ。


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