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自分の心は友達じゃないぞ!

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  「自分の心は友達じゃないぞ、マイク。それを知ってほしい。自分の心と戦い、心を支配するんだ。感情を制御しなくてはいけない。」

 マイク・タイソンの師匠のカス・ダマトが少年時代のタイソンに伝え、タイソンが大切に覚えているダマトの言葉の一節だ。

 身体的能力が誰よりも優れていて、世界一に簡単になることなんてない。自伝を読むとそのことがよく分かる。タイソンの勝ち方を映像で見ていると、あまりのも圧倒的な強さのため、才能に恵まれて誰よりも運がよかった人間な気がしてしまう。そして、それを怠惰によって失ってしまったのだとばかり思っていた。

 しかし、タイソンは、深く思考し、誰よりも心を制御し、精神的に強くなってチャンピオンになったのだ。それだけトレーニングした人物であっても、環境には勝てない。身の回りにいる人達の影響をコントロールできなくて、どんどん堕ちていく様子は、自伝を読みながら切なくなる。

 タイソンの自伝は、面白いところだらけだが、編集者として新人漫画家を見つけ、鼓舞し、成長するのに付き合う仕事をしている僕は、何よりもダマトとタイソンの絆に共感をしながら読んだ。さらに、ダマトの言葉は、経営者である僕の心を鍛えてくれるものでもあった。

 「こういう技法の最終目標はボクサーに自信を植え付けることだった。自信がすべてだ。しかし、その自信を得るには、自分をぎりぎりまで追い込む必要があった。自信はじっくり育つものじゃなくて、どこからともなくふっと湧いてくるものだ。たえず心に描き出し、養っていくことで生まれてくるものなんだ。」
 カスはつねづね、「俺の仕事はお前の真の能力の妨げになっている何層ものかさぶたをはがして、その下に眠っている能力を発揮させることだ」と言っていた。確かに俺のかさぶたを剥いでくれたが、それが痛いのなんのって! 「ほっといてくれ。うあああっ!」とよく叫んだものだ。カスは俺の心を攻め立てた。
 「ゴミを捨てりゃ、強いボクサーになれるっていうのか?」俺は小バカにしたように言った。「やりたくないことを進んでやるのは、偉大な人間を目指す者にとっていい訓練になるからだ」以後、カミールが俺に家事を催促する必要はなくなった。

 このような名言がたくさんある。タイソンは偉大な指導者とともに育った。しかし、ダマトも母親もエージェントも姉も、大切な人がみんなタイソンの成功を見届けずに死んでしまう。ボクシングだけに打ち込み、すべてを捧げたタイソンは、人間的な成長をすることなく、世界チャンピオンになる。そして、身の回りには、タイソンを食い物にする人しかいない。いくらボクシングが強くても、タイソンにそのような人たちから身を守る知識があるはずもなく、どんどん自暴自棄になっていく。その様子は、読んでいて本当に悲しくなる。

 最悪な状態から身を立て直したタイソンが、さらっとこんな告白をする。

 じつを言うと、今でもカスの死を乗り越えれたとは思っていない。
「カスはあそこにいなかった。みんなが褒めてくれる。たしかに俺は、今、うまくやっているかもしれない。でも、へまをしても、それを指摘してくれる人は一人もいないんだ。称賛はもういい。たぶんカスなら、どこが悪かったか教えてくれるだろうに」

 今までイメージしていたのと全く違う、繊細なタイソンがいる。タイソンは、誰よりも繊細だったから、努力をできたのだ。ダマトがいなくて、心底悲しむタイソンの気持ちが痛いほど伝わってきて、もらい泣きをしてしまう。

 ダマトが、タイソンのことを才能あると言うときに「こんなにボクシングを愛している男はいない」と表現する。そして、タイソンは、引退を決意するときに「ボクシングを愛せなくなった」と言う。

 才能とは何だろう?僕は、この「愛する」という能力がもっとも重要だと思う。三田紀房、安野モヨコ、小山宙哉と接していると、想像力がすごい、ということよりも、漫画を愛していると感じることの方が多い。平野啓一郎と接していると小説を愛していると感じる。クリエイターが、そのジャンルを愛している時に、創作の神もそのクリエイターを愛さなくなる。よくクリエイターやスポート選手が、○○の神から愛されなくなったという時があるが、それはタイソンのように、本人が愛せなくなったことを、そのように表現しているのだろう。

 僕はキャラクターについての理解を深めるために、自伝を読む。

タイソンの『真相』, オジー・オズボーンの『アイ・アム・オジー』、マイルス・デイビスの『自叙伝』 がおすすめだ!

 

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