人生は成長ゲームじゃない!!
人生なんて、所詮はロールプレイングゲーム。自分がストーリーの中で生きているつもりで、困難もレベルアップの機会と捉えればいい。
こんな話を僕自身もインタビューで答えることがある。ビジネス系のサイトでは、こんなインタビューをよく見かける。
僕自身は、そのような価値観だ。役立つ情報で、伝えることはいいことだと思っていた。しかし、最近、新人漫画家と一緒に新作を作るために、過去、自分に影響を与えた作品と再度、向き合っている中で、その考え方に疑問を持つようになってきた。
この価値観は、強い人だけ、勝っている人だけが言える結果論的なものかもしれないと。
村上春樹が翻訳したサリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の冒頭に、こんなシーンがある。
「人生とはゲームなんだよ、あーむ。人生とは実にルールに従ってプレイせなゃならんゲームなんだ」
「はい、先生。そのとおりです。よくわかっています」
ゲームときたね。まったくたいしたゲームだよ。もし君が強いやつばっかり揃ったチームに属していたとしたら、そりゃたしかにいいだろうさ。それはわかるよ。でももし君がそうじゃない方のチームに属していたとしたら、つまり強いやつなんて一人もおりませんっていうようなチームにいたとしたら、ゲームどころじゃないだろう。お話にもならないよね。ゲームもくそもあるもんか。
このホールデンの心の声に対して、翻訳者である村上春樹は『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』で、こう述べている。
最初のほうで、スペンサー先生が「人生はゲームだ」みたいなことを言いますよね。それに対して、ホールデンは「そりゃ強いチームに自分が入っていれば、人生はゲームですんで良いだろうよ」という感想を抱きます。
でも、考えてみたら、ホールデンという人は強いチームに入るのもやだし、弱いチームに入るのももちろんヤダという人ですよね。だから、人生はゲームだ言われても、どっちのチームにも入れないから、結局のところ、ゲームそのものに参加できなくなってしまう。
この村上春樹の指摘は鋭く、ホールデンは強いチームに入るのも、弱いチームに入るのも抵抗感を持っていて、行き場を失っている。自分の居場所を探そうとするが、それが見つからない。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は、何処までいっても孤独を描いた物語だ。そして、居場所を探し続ける物語だ。
コルクラボのみんなが居場所についての本を作った。『居心地の1丁目1番地』と言うタイトル。意識していなかったけど、僕は中学生の時に戻ってきた。
僕は、中学生の時から、ずっと居場所について考えていたのだ。僕は今、日々、原点回帰をして新人漫画家たちと作品づくりをしていると実感している。
僕はまさに、南アフリカという他者の国で、自分たちの居場所はこの家の中だけで、仮の居場所しかないと感じながら生きていた。そして、ホールデンの気持ちに共感していた。
今、ヒットしている『ジョーカー』も居場所の映画だ。居場所がない人間が怒る話だ。ホールデンは自らを隔離して、病院に入った。ジョーカーは、テロを起こした。居場所がないことの悲しみがどちらもテーマになっている。
作品を生み出すとは、どういうことか。
作家が主人公という友達を生み出し、世の中との接点を見つけ、居場所を見つける行為だという定義は、センチメンタルすぎるだろうか?
本を読むとは、主人公の心のあり様に自分と同じものを見つけ、自分の居場所を見つける行為ではないか? 学生時代の僕は、自分と心を通いあわせることができる友を本の中で探し、そして、その主人公と似た様な友を現実の中で探した。
僕たちは、成長するために生まれてきたわけではない。成長しないと居場所が手に入らない社会なんてつらい。
考えてみれば、何を持って成長(レベルアップ)と見なすかは、確固たるものがあるわけではない。成長という概念自体が、文化や価値観ごとに決められている漠然としたものであり、外から押し付けられたものだ。
ホールデンのように、成長を目的としたゲームに戸惑いを感じている人は多いのではないだろうか。
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の現代版とは何かを、最近はよく考える。どのような主人公が、読者に居場所を感じさせることができるのか。
『宇宙兄弟』で僕が最初に、最も感動したのは、ムッタが閉鎖環境で「ここにいたんだ」と自分の居場所を見つけたシーンだった。
『ドラゴン桜』も、居場所が家にも学校にもないと感じていた高校生、水野と矢島が、受験を通じて、居場所を見つけていく話ということができる。
僕が新人漫画家と作る作品も、その読者が、社会に自分の居場所があると感じられる作品にしたいと思う。
今週も読んでくれて、ありがとう!
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ちなみに、今週のお便りの質問は「睡眠に対するこだわり」です。こだわりすぎていて、人から引かられることもある僕の睡眠におけるルーティンを全てさらけ出してみました。(笑)
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