テンプリズム

王道ファンタジーが始まる!「運命を受け入れろ!」曽田正人『テンプリズム』

まずは、いきなりこのプロモーションビデオを見てほしい。

テンプリズム (1) カラー版

テンプリズム (1) モノクロ版

ビジネスの世界では、イノベーションのジレンマという言葉がある。成功体験が、自らの行動をしばり、次の成功を阻害するということだ。それは、ビジネスの世界だけではなく、クリエイティブな世界でも起きる。一度、ある作品で成功すると、ある種のレッテルを貼られ、違うタイプの作品を描きにくくなる。

曽田正人は、そのイノベーションのジレンマに陥っていない、数少ない作家の一人だ。彼の自己否定と成長への要求は、凄まじいし、年齢とともに衰えることがなく鋭さが増している。

曽田正人は、『シャカリキ!』で自転車マンガを描いた。多くの人は気付いていないかもしれないが、今流行っている『弱虫ペダル』は、『シャカリキ!』の延長線上にある作品である。その次に、スポーツマンガを誰もが期待する中、曽田は『め組の大吾』を描いた。少年誌でありながら、消防士という職業のことを丁寧に取材して描いた作品であった(以前、レビューで僕自身も取り上げたのでよければそちらも)。職業ものを誰もが期待する中、次に選んだのはバレエ。『昴』と『MOON』という作品を描いた。そして、次はカーレーサーを描いた『Capeta』だ。

作品が話題になると、キャラクターの細部や、脇役についても、読者は楽しんでくれるようになる。それでどうしても長期連載化してしまう。しかし曽田は毎回、スパッとその作品にとって最良の場所を選び取り、気持ちがいいくらい潔く終了する。だから、どの作品も全く古びていなくて、今読んでも、同時代の作品のように読める。そして、曽田は前の作品と共通することがないジャンルに果敢に挑戦する。このような挑戦を続けている作家は、本当に少ない。自己否定をしながら前に進むのは、どんなジャンルでも本当に難しいことなのだ。

曽田のことを、「天才を描く天才」と評する人がいる。けれども、曽田の中に、天才を描き続けたい、という意思みたいなものは、ない。新しいジャンルにがむしゃらに挑み続け、そこへ適応していく曽田と主人公が毎回、重なっているのだと僕は思う。曽田も主人公も、どちらも、退路を断ちながら前に進んでいて、必死だ。

今回、『テンプリズム』を始める前に、何を描くのかを話し合った。そして、思いっきり王道のファンタジーをやろうということになった。王道として始めても、最後は曽田色のあるファンタジーになるだろう。だから、1話目は変化球ではなく、王道でいこうと。その1話目をつくるために、曽田は半年近く時間をかけた。何度もやり直し、世界観を練り直した。主人公のツナシは、当初の設定では絵の世界にはまっていた。しかし、途中で絵から本へと変わった。そのような細部の微調整もたくさん行って、曽田正人の中に、もう一つの世界がゆっくりと時間をかけて作り出されていった。

ファンタジーは、新人がやらないと失敗する。そんな外野の声で時に立ち止まることがありながらも、頭の中に出来上がりつつある世界へのワクワクが止まらず、曽田は『テンプリズム』の世界を創造しつづけた。

驚いたことに曽田は、ファンタジーへの挑戦だけでなく、マンガのオールデジタル化にも同時に移行するという。一気に2つのことに挑戦して、うまくいくだろうか? 端でみながら、僕もハラハラドキドキしていた。

曽田の今までの絵は、「読みづらい」との感想をもらうことがあった。絵に対する感想は、実のところ、マンガ家には対処のしようがないことが多い。でも、デジタル化に移行して、そのような感想をもらす読者も楽しめるような絵にしたい、という曽田の思いは強かった。

曽田の執念は、凄まじい。3ヵ月間、理想の線を描くための練習をしつづけていた。そして、デジタルでも、アナログと同様の線が描ける。そう思えるようになるまでひたすら練習をつづけ、満足できるようになってから『テンプリズム』1話目のペン入れが始まった。

写真は、曽田の事務所の様子だ。

全ページを何度もプリントアウトして、近くで見たり、遠くで見たりして、今までの魅力を失うことなく、見やすい絵になっているかを、何度も何度もチェックしながら前に進んでいった。

マンガというジャンルは、その影響力の大きさとは裏腹に、一人のクリエイターがする作業の量が多い。孤独な作業の連続だ。自分一人が頑張れねばならない、自分一人が頑張りさえすれば、そんな思考法に陥りがちな職業でもある。

しかし曽田は、『Capeta』の取材をしながら、レーサーを中心としたチームの魅力を目の当たりにした。曽田の今までの主人公たちは、常に一人で頑張っていた。周りに人はいたけど、うまく協力してもらう方法をしらない主人公たちだった。『Capeta』の後半、カペタはチームの力を借りる方法を学び、強くなっていった。

チームの力、仲間の力が、『テンプリズム』の大きなテーマだ。

隻眼の王子・ツナシが自分一人では何もすることができず、仲間の力を借りて、骨の国と戦う。それが『テンプリズム』だ。

僕が講談社を辞めて、コルクを立ち上げた時に、一部の人は僕が講談社や出版社を否定していると勘違いした。そうではなく、僕が否定したのは、僕自身の10年間だった。次の10年をどうやって過ごすのか、これだけ時代が変動している時に、成功体験は邪魔になる。健全な自己否定の仕方を探し求めると、自然とベンチャーにたどり着いただけだ。そして、ベンチャー経営とは、仲間を見つけて、目的地へと向かう、道のりが厳しい旅だと日々、実感している。

自己否定を繰り返しながら、仲間を見つけて、前に進む主人公のツナシは、曽田正人自身の姿だ。しかし僕自身も、ツナシに思いっきり感情移入をしながら、自分ごととして、読んでしまっている。

今までの曽田ファンは、あまりにも今までと違う世界観で驚くだろう。しかし、過去の作品の1巻と読み比べてほしい。ここまで濃密に、物語が展開した1巻は、初めてである。

そしてこの後、さらにどんな展開になっていくのか、毎巻を楽しみにしてほしい。

1話目の試し読みをこちらから

ちなみにこのビューワーは試し読みの後、そのまま購入可能で、曽田正人から直接購入する仕組みになっている。


▼文中で紹介した曽田正人の作品

シャカリキ (1)

め組の大吾 (1)

昴 (1)

MOON (1)

capeta (1)

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コルク代表・佐渡島のnoteアカウントです。noteマガジン『コルク佐渡島の好きのおすそ分け』、noteサークル『コルク佐渡島の文学を語ろう』をやってます。編集者・経営者として感じる日々の気づきや、文学作品の味わい方などを記事にしています。
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