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「わかってる」人はわかってない

  週末、金沢の21世紀美術館へ行ってきた。

 メディアアーティストの八谷さんと対談をするためだ。何度もニアミスをしていたのだけど、正式に話をするのは今回が初めて。東京でお会いすることもできただけろうけど、せっかくの機会だから、21世紀美術館に行って八谷さんが制作している一人乗りジェットグライダーをみて、対談をした。そんな出会い方をしたほうが、記憶に残るからその人との縁が強くなる。

 週末も今回のようなイベントや原稿取りがあって、なかなか家族と過ごすことができない。だから、今回の日帰り出張は、6歳の長男を連れて一緒に行った。

 帰り道、息子に対談の内容のどれくらいを理解できたか聞いたら、勢いよく「全部わかった」と答えていた。そのわかったには、父親に認められたいという背伸びする気持ちが込められている。それを可愛らしいと思いながらも、「わかる」ということについて考えた。

 会社でも何かミスをするのは「わかってる」社員だ。やる仕事がはじめてのことなのだから、わからないことがあるはずだ。でも、本人はわかっているつもりだから、わかっていない出来事にも果敢に挑んでいってしまう。そして、ミスになる。

 「わかる」とは、その対象を細分化できることだと思う。細分化すると、その中でわからないことが出てくる。逆説的なのだが、何かをわかっている状態とは、わかっていないことが気になっている状態なので、その人の自己認識としては「自分はわかってない」となっていることが多い。

 そういえば、『ドラゴン桜』の中でも、こんなエピソードがあった。テストを解けたと言っている人は、解けた部分のほうを記憶しているから60点とか70点とかだったりする。わからないところが多いと、そちらをうまく記憶しない。できなかったと言っている人は、数問のできなかった問題が記憶に残っているから、意外と90点とかをとったりする。

 「わかってる」と思うことは、思考停止を意味している。それ以上、理解するための問いかけなどが生まれない。「わかってる」のほうが、「わかってない」よりもいいというのが、常識かもしれない。でも、「わかってない」のほうが、「わかってる」よりも、ずっといいというのが、僕の実感だ。「わかってる」というのが、そもそもありえない、幻想的な状態にすぎないのかもしれない。「わかってる」人は、停止しているけど、「わかってない」人は、わかろうとするために、前進できる。


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