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「そんなに火事を起こしたいのかな?」『め組の大吾』

なぜ、自分はこんな仕事をしているのだろう?

社会人になったばかりの時に、誰もが抱く疑問だろう。予想していた仕事のイメージと、本来の仕事のイメージが違いすぎて、戸惑うのだ。僕もそうだった。

編集者は、待ちの仕事だ。作家がネームを作るのを待ち、原稿を描くのを待ち、デザイナーを待ちと、色々な人を待つ。自分ではほとんど手を動かさない。ただただ待ち続ける。もしも、コピーロボットがいたら、コピーロボットでもできるような仕事の気がしてくる。

僕が編集者として、仕事が少しはできるようになってきたのは、「このままじゃダメだ、コピーロボットにはできない仕事をしないといけない。何をすれば、いいのだろう?」と自問自答した結果だった。自らの答えにたどり着き、それを実践できるようになった時、はじめて周りから認めてもらえる仕事ができるのだ。

曽田正人の傑作『め組の大吾』の主人公・大吾も、同じような悩みに直面する。消防士に憧れて、消防士になった。でも、実際の仕事は、イメージしていたヒーローのような仕事とは全然違うのだ。

大吾の配属された「めだかヶ浜出張所」は、めったに火事がなく、めでたい出張所だから、通称、め組と呼ばれている。消防士となりかっこいい活躍をしたい大吾には、退屈すぎる職場だ。

そんな大吾は1巻から不満をぶちまける。

「おれは火事場に出たいんだよ!! 現場で活躍したいのにーーっ!!」

それに対して、所長の五味さんは、こう答える。

「確かに、少々カンチガイしている新人が頭を冷やすにはいい所かもしれんねー、ここは。 例えば きみのように防災意識に問題アリのヤツとかな-- そんなに火事を起こしたいのかな?消防官なのに」

『め組の大吾』は、少年誌であるサンデーに掲載された。しかし「火事が起きて、主人公の消防士がヒーローのように活躍して」を毎度繰り返す、分かりやすい話ではない。本当に消防士がヒーローであれば、町の防災意識が高まって、火事は起きなくなり、主人公は必要でなくなってしまう。少年誌に掲載された消防士マンガでありながら、曽田は真剣に、消防士という職業の存在意義を問いかけている。ヒーローは、悪役がいて初めて存在意義が生まれる。消防士も、火事があって初めて、存在意義を認められる。ほとんどの職業ものの作品は、そのようなそもそもの設定に問いかけたりしない。そうすると、ストーリーを作るのが、一気に難しくなるからだ。主人公の周りで、刑事物では、事件ばかりが起きるし、探偵ものでは、殺人ばかりが起きる。しかし、曽田は、そこから逃げずに作品を描くことで、他の職業ものマンガが持つことのできないリアリティをこの作品に与えている。

いくつかの火事の現場を経て、大吾は成長していき、活躍していく。誰もが認めるエース消防士となった大吾は、仕事を休めなくなる。エースとなったことを喜んでなどいない。

この仕事でなんとかなるまで…おれ、人から認められたり、あてにされることもなかった それを…なんとか頑張って、ここまで来たんだ

だから、今、休めなんて言わないでくれよ!! 今一日でも逃げたら、おれは…また昔の役立たずに…高校時代の自分に戻っちまうんだッ!!

新社会人になったばかりのサラリーマンも大吾のように、仕事を一生懸命やればやるほど、休むのが怖くなるだろう。仕事に依存してしまうのだ。

本当の仕事は、仕事への依存から抜け出した状態になれてから、始まる。大吾が、仕事への依存から抜け出す様子が、中盤のテーマだ。

サンデーで掲載されているのを読んでいた時は、暑苦しいぐらい情熱的な主人公が、活躍する話、としか認識していなかった。

しかし、大人になって読み直すと、一人の人間が、社会人として、成長していく過程が、丁寧に描かれていると気づくのだ。

新社会人の皆さんが、これからどのような悩みに直面し、どのようにそれを乗り越えるのかが、『め組の大吾』を読むと予習できるだろう。

でも、このマンガの一番の魅力は、大吾の熱いキラキラした思いが、こっちに伝染することだ。

このマンガを読み終えると、心がぽっかぽっかしてきて、無性に走り出したくなるのだ。

佐渡島が編集に携わるマンガレビューサイト、マンガHONZはこちらhttp://honz.jp/manga

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佐渡島庸平/コルク代表

2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。

コメント2件

僕も、連載当時から読んでて、少し前にワイド版で買いそろえました^^
読んだことがないので、読んでみます(*^_^*)
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