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ここにいたんだ アニメ『宇宙兄弟』土曜 夕方5時30分

ここにいたんだ

僕が編集している作品『宇宙兄弟』の中で、もっとも好きな台詞だ。

主人公のムッタが、閉鎖環境の試験が終るときに、そこで出会った仲間たちにたいして胸中で発した台詞だ。

至極、普通の言葉だけど、すごく好きな仲間に出会えたときの感情を、的確に表現していると思う。

          『宇宙兄弟』コミックス4巻より

漫画家と編集者は、なんでも話し合っていると思うかもしれないが、意外とそうでもない。やはり話すことはストーリーにまつわることが中心になるし、個人的すぎる感想は、なんとなく恥ずかしいから直接言ったりはしない。

新人・小山宙哉と出会って、一緒に仕事をしだしたとき、僕は心の中で思った。「ここにいたんだ、自分の人生をかけてサポートしたくなる新人の作家が」と。

実は小山さんも、同じように「自分の才能を信じてくれる人が、ここにいたんだ」と思ったのではないかと、僕は想像している。

それで、その時の気持ちを元に『宇宙兄弟』の台詞が生まれた、と僕は考えている。このことを小山さんに確認したことはない。本当にそうなのかもしれないし、僕の思い込みに過ぎないのかもしれない。

でも、そんな風に個人的な感情と結びつくから、「ここにいたんだ」という台詞が僕はすごい好きだ。

           『宇宙兄弟』コミックス1巻

今となっては、『宇宙兄弟』はヒット作と言ってもいいだろうけど、発売当初は地味な売れ行きだった。もっともっと売れてもいいはずだし、読めばその魅力に気づいてもらえるはずだと思っていたけど、なかなか結果が伴わない。

朝から晩まで、ずーっと『宇宙兄弟』の魅力に、どうやって気づいてもらおうかということばかり考えていた。

モーニング編集部や講談社のコミック販売部の人たちも、要請すれば喜んで協力してくれたし、『宇宙兄弟』を面白いと思ってくれていたけど、僕が信じているような成功のイメージは共有していなかった。だから、売るための努力はずっと一人でやっているような気持ちだった。

アニメの企画を読売テレビの小石川さんと永井さんが持ってきてくれたとき、「ここにいたんだ、僕と同じくらい宇宙兄弟を好きで、その可能性を信じてくれて、一緒に努力してくれる人が、ここにいたんだ」僕はそんな風に感じた。

小石川さんと永井さんは、アニメ化できる原作を探しにきたのではなかった。原作の権利がもらえる作品だったら何でもいい訳ではなく、『宇宙兄弟』でなければいけないのだと、熱く語ってくれた。

日本のアニメが、海外で観られていたのは、実は10年前のことである。もはや、もうほとんど観られていない。海外の番組は、6ヵ月単位で作られている。一方、日本は3ヵ月ごと。日本のテレビ番組は、海外に売ることができないのだ。

「アニメが深夜に放送されるようになり、どんどん一部の大人のためだけのものになっている。このままでは、アニメの文化が滅びてしまう。深夜ではなく、いい時間にアニメを放送し、家族みんなで観てもらう。日本だけでなく、世界中で観てもらう。その可能性を秘めている原作は、『宇宙兄弟』しかないと思う。だから、一緒にアニメを作りましょう」力強く思いを語る2人の姿を観ながら、僕は幸せな気分になった。

去年の4月、アニメの放送が始まったとき、残念ながら枠は、日曜朝7時で、小石川さんや永井さんが言っていた家族のみんなで観られる時間ではなかった。いろんな大人の事情でそうなってしまい、枠移動することは、もう無理だと思った。小石川さんと永井さんが、「意地でも枠移動して、もっともっとたくさんの人に観てもらえるよう努力します」といったけれども、こういう約束はその場しのぎの発言であることがほとんどだし、日常業務に追われて、努力も続かないだろう。アニメの枠移動に関しては、僕自身ではどうしようもないことで、諦めていた。

「枠移動ができるかも」と永井さんたちから報告されたとき、正直、びっくりした。読売テレビの人たちは、『宇宙兄弟』のアニメに対して、どれだけの情熱を注いでくれているのか。なんという粘り腰で、交渉してくれたのだろう。彼らの情熱がすごくうれしかったし、その情熱の源が『宇宙兄弟』の原作の素晴らしさにあることもうれしかった。

       『宇宙兄弟』週刊モーニングで好評連載中

テレビの番組の枠が移動することは、よくあることだと多くの人は思うかもしれない。しかし、それが起きているのは、たいていバラエティ番組だ。アニメは、ずっと、悪い枠へとばかり移動している。だから、今回の『宇宙兄弟』が土曜日夕方5時半に移動したことは、奇跡と言ってもいいぐらいすごいことなのだ。

そして、アニメが始まったとき、小山さんと僕は、イラストなどで希望をいくつか伝えていた。それに対し渡辺監督は「マンガの連載のようにうまくなっていくので、ちょっとだけ待っていてください。必ずいい絵になるように仕上げていくので」と言っていた。そして、1年が経ち、本当にアニメのイラストがどんどん良くなっていく。

僕は、小山さんと会ったときに「ここにいたんだ」と感じた。そして、アニメのスタッフの人たちにも、「ここにいたんだ」と感じた。

土曜日夕方5時半、アニメ『宇宙兄弟』を観ることは、僕にとってすごく幸せなことだ。

アニメ『宇宙兄弟』公式サイト
小山宙哉オフィシャルサイト

佐渡島が編集に携わるマンガレビューサイト、マンガHONZはこちら
http://honz.jp/manga

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佐渡島庸平/コルク代表

2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。
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