いい創作とは、魂と魂が磨き合う。
ぼくにとって、いい創作とは何か?
そのことを改めて思い起こす出来事が、先日あった。
今年の10月から世田谷文学館で、4年前に亡くなられた谷口ジローさんの個展が開催される。自筆原画など約200点を展示するもので、個展として大規模なものとなる。
ぼくはモーニング編集部時代に、谷口ジローさんと『ふらり。』という作品を一緒につくった。
個展の開催にあたり、「東京人」が谷口ジロー特集を組むことになり、美術史の研究者・山下裕二さんとぼくで谷口さんに対談をしてほしいと取材依頼が届いた。
取材当日は、原画を見ながら話すことになり、谷口さんの著作権管理事務所の方が原画をもって来てくれたのだが、名刺交換をして驚いた。
事務所の社名は「ふらり」。
谷口さん自らが命名したそうだ。
ぼくにとって、谷口ジローという作家は、編集者になる前から大好きな作家で、学生時代には谷口さんの本を全て集めて、読んでいた。特に、『坊ちゃんの時代』は、何度も繰り返し読んでいる作品だ。
谷口ジロー、井上雄彦、岩明均。
ぼくが編集者になる前から大好きな作家といえば、この3人だ。
講談社に入社し、モーニング編集部に配属されると、谷口さんと仕事をしたいと思い、すぐに本人に会いに行った。
だが、はじめて会った時、谷口さんからは強烈に拒絶された。モーニングで連載していた作品が、編集部側の都合で不本意な形で終了してしまった過去があり、モーニング編集部とは付き合いたくないということだった。
編集部では、そのような情報が伝承されていなくて、ぼくは非常に申し訳ない気持ちになりながらも、どうすることもできなかった。やれることは、谷口さんと仕事をしたいという気持ちを繰り返し伝えることだった。
それからも定期的に谷口さんと会い、はじめて会ってから9年目に、単行本1冊だけだけど、一緒に仕事をすることができた。
その作品が『ふらり。』だ。
伊能忠敬が、目的もなく、ただただ、ふらり、ゆらりと江戸の町を歩く。何か特別な出来事があるわけではないけれど、街を眺める視線が優しく、谷口ジローにしか描けない作品だと思う。
谷口ジロー作品といいえば、ドラマ化された『孤独のグルメ』が一番有名だと思うが、『坊ちゃんの時代』をはじめ、『犬を飼う』『神々の山嶺』など、数えきれないほど素晴らしい作品がたくさんある。
それらの作品と比べると、『ふらり。』は地味だし、知っている人も少ないだろう。でも、ぼくにとっては、谷口さんとの思い出が詰まった忘れられない作品だ。
コルクを起業してからは、仕事を一緒にすることはなかったけど、パーティーで会ったり,電話で話したりさせてもらった。その時に、「実はちょっと体調が悪いんだ」ということを谷口さんから聞いていた。
69歳の若さで谷口さんは亡くなった。
今でも、ぼくの中には緩やかな喪失感がある。
そんな谷口さんが、亡くなる前に、自分の作品の著作権管理事務所を設立し、その社名を「ふらり」にしていたことを、ぼくはその取材の時に初めて知った。
『ふらり。』は、ぼくにとってだけでなく、谷口さんにとっても、特別な作品だったのだ。そこまで思い入れを持ってくれいたと想像できていなかった。
作品づくりを通じて、作家と心の深いところで通じ合う。お互いの魂と魂が磨きあうような創作こそが、ぼくにとっての、いい創作で、谷口さんとそれを行うことができていたのだ。谷口さんの想いを知って、うれし涙が自然と出てきた。
谷口さんが亡くなって4年経ったが、今になって谷口さんから手紙を受け取って、想いを受け取ったような感覚に陥った。贈与とは、こういうものなのかと。著作権管理事務所の名前が「ふらり」という社名であることは、谷口さんから僕への想いの贈与だと僕は感じた。
編集という仕事、創作はなんと面白いのだろう。
人と人が磨き合う。その間に作品がある。作品は、磨き合いの過程であり、目的や結果ではない。磨き合うことが目的なのだ。
新人漫画家と仕事をする時も、人を人で磨くということを意識している。
先週から、NewsPicksではじまった『REACH ―無限の起業家ー』は、そんな発想で企画した。
このマンガは、Googleに企業を売却した初めての日本人として一躍注目を浴びた加藤崇さんの自伝をもとにしている。
コルクスタジオで制作を担当していて、つのだふむがネームを、高堀健太が作画を、ぼくと東京ネームタンクのごとうさんが編集をし、加藤さんにも監修で加わってもらっている。
現在、加藤さんはシリコンバレーで水道管の劣化をAIで予測し、診断する「FRACTA」という会社を起業して、経営している。
ぼくが加藤さんと出会ったのは2019年。水道管の劣化をAIで予測し診断する「FRACTA」という会社を、加藤さんがシリコンバレーで起業して、4年目の時だった。
ものすごい情熱と、ビジネスを通じて社会をよくしたいという澄んだ心をもっていて、こんな日本人がシリコンバレーにいたのかと驚いた。「近い将来、世界の誰もが知る起業家になるに違いない」と、出会って直ぐに、加藤崇という人物に惚れ込んでしまった。
そこで、加藤さんのビジョンや想いが、世の中に伝わるマンガをつくることに決めた。加藤さんに、コルクスタジオの漫画家を磨いてもらおうと思った。
これまで、加藤さんと何度も対話をしてきた。加藤さんと会うと、いつもパワーに圧倒される。だが、話をしていると、埋めきれない寂しさを抱えていて、それを埋めたいという気持ちが、パワーになっているのだと気づいた。
その感情の機微や、加藤さんの胸の奥底にあるものをマンガで描き切るには、どうすればいいのか?
その問いの先に、『REACH ―無限の起業家ー』は完成した。
完成した原稿を加藤さんに読んでもらうと、「ようやく自分のことがわかった気がする。そして、自分の奥底にある行動原理を理解できたおかげで、これからもっとデカいことができると確信できた」と言ってくれた。
さらに、マンガはシーンの積み重ねなので、家族との会話のシーンも描く必要もあって、そこはマンガ家の想像で描いている。その作中に登場する家族が、見た目はもちろん、しゃべり方や雰囲気も現実そのままで、「なぜ、こんなものが描けるのか」と加藤さんは驚いていた。
マンガ家たちが加藤さんのことを深く考えたからこそ、こういう言葉を加藤さんからもらえたのだと思う。
『REACH ―無限の起業家ー』は、まさに漫画家たちと加藤崇の魂の磨き合いから生じた作品だ。
この作品を通じて、ぼく自身、加藤さんと深く繋がりあえた想いがするし、コルクスタジオのそれぞれのメンバーとも繋がりあえたと感じている。
最後にお知らせ。
今日(8月25日)の夜22時から、ぼくのYoutubeチャンネルで、つのだふむと高堀健太をゲストに呼び、『REACH ―無限の起業家ー』の制作の裏側を生配信で話します。興味がある人は、是非!
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