不思議な少年_表紙

ベストセラービジネス本『嫌われる勇気』とマンガ『不思議な少年』の意外な関係

マーク・トウェインというアメリカを代表する作家がいる。『トムソーヤの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』なら聞いたことがある方も多いだろう。
彼は、晩年、人間不信に陥り、ペシミスティックな人間観にとらわれていたという。
その時に書いた作品『人間とは何か』で、トウェインは、「人間は利己的な欲望のために動く機械にすぎない」という主張を延々と繰り返す。
そして、『不思議な少年』という小説においては、「人が真に幸福であるためには、気が狂うしかない」ということを描く。

どちらも気が滅入る文章ではあるが、不思議な魅力を放っていて、多くの人の心をとらえる作品だ。

実は、今年ベストセラーになった『嫌われる勇気』は、トウェインの『人間とは何か』が下敷きとなっている。老人と青年が、夜な夜な語り合う対談形式が、同じなのだ。老人が青年に生きることの虚しさを伝える。青年は、それに様々な形で反論するが、すべて論破されてしまうのが、『人間とは何か』だ。
一方、『嫌われる勇気』は、形式は同じでも、描かれることは全くの逆だ。青年は、生への不安を口にする。老人は、そのような不安は、すべて青年、本人の心の持ち方から来ていて、どのように心をコントロールすると、生を謳歌できるのかを、時間をかけて説得していく。

山下和美が描く『不思議な少年』も、永遠の命を持った全能の青年がいるという設定は、トウェインと同じだ。しかし、山下和美が描くのは、トウェインの小説『不思議な少年』とは、真逆だ。生への讃歌である。

「私の人生ってなんだったのかしら」と世間から見捨てられてしまった往年の女優はつぶやく。

それに対し、少年は、女優が死ぬ前に少しだけ未来を見せてあげる。そして、「しかし、あなたの人生は無駄ではなかったのかもしれない…」と教えてあげる。

山下和美の作品の魅力は、語りにくい。ストーリーも、すごくマンガ的な演出が多くて、文字にすると荒唐無稽に感じるようになってしまう。最大の魅力は、論理的でない話を、心へと直接届けてしまうところだと思う。山下和美の作品は、頭では理解できない。でも、読み終えると、心では感じることができている。

『不思議な少年』は連続する物語ではない。連作短編集のような感じで、物語が緩やかにつながっている。上質の小説を読み終えた後のような感覚になる。手塚治虫の火の鳥のように、連載と並行して、1話ずつ描かれているため、単行本は数年に1冊しかでない。

先日、久しぶりに9巻が発売された。1巻から読まなくていい。9巻からでも、十分、話は伝わる。惹かれた表紙の巻から読み始めることをお勧めする。

不思議な少年(9)

不思議な少年 コミック 1-9巻セット

人間とは何か(マーク・トゥエイン 著)

不思議な少年(マーク・トゥエイン 著)

嫌われる勇気ー自己啓発の源流「アドラー」の教え(岸見一郎・古賀史健 著)

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佐渡島庸平/コルク代表

2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。
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