創作とは手紙であることを、改めて実感
新人マンガ家との打ち合わせで、ぼくは「手紙」を喩えによく使う。
マンガ家でも小説家でも、クリエイターは、自分の作品で誰かの心を動かしたいという衝動を根底に持っている。
どうやったら自分が感じていることが相手に伝わるのか、自分の見えている世界を相手と共有できるのか。それを深く掘り下げて、様々な試行錯誤を繰り返していくことが、創作ではないかと、ぼくは思う。
創作とは、誰かに気持ちを届ける「手紙」なのだ。
裏を返せば、いい手紙を読むことは、誰かの心を動かしたいと思うクリエイターにとって最高の学びになる。
いい手紙という点で紹介したいのが、先月、NHKの『100分 de 名著』で特集されていた『日蓮の手紙』だ。創作とは手紙だと喩えてきたが、なんと手紙がそのまま名著として紹介された。
日蓮という名前を聞いても、鎌倉時代に日蓮宗を開いた開祖で、立正安国論を幕府に提出し、流罪にあったくらいの教科書からの知識の人が多いだろう。
ぼく自身の話をすると、数年前から、仏教に強い関心を持ち出した。
昨年、観察についての本を書いたが、観察という言葉自体が仏教からきている。禅もヨガも瞑想も、すべては仏教をルーツにしたもの。『メタ認知をするのに、般若心経がいい!?』というnoteに詳しく書いたが、観察について考えるなかで、自然と仏教について学びを深めたいと思うようになった。
仏教を学ぶうえで、「法華経」は避けて通れない。聖徳太子、最澄、道元ら多くの人々に影響を与え、『今昔物語』『源氏物語』『枕草子』などの文学にも法華経にまつわるエピソードが記されている。
そして、この法華経を、お釈迦様の本当の心が表されているお経であると説き、法華経の教えを何よりも大切にしていたのが日蓮だ。
宗派名に日本人の宗祖の名前が使われているのは、数ある宗派の中でも日蓮宗だけだ。それほど日蓮宗は、日蓮の存在が深く反映されている宗派であるといえる。
法華経で説かれている教えとは何か。日蓮とはどんな人物だったのか。
ぼくは何かを学びたいと思ったら、それを仕事にできないかと考える。そのほうが様々な関係者に話を聞けるし、編集することを通じて、学びが自然と深くなるからだ。
そこで、日蓮の教えをマンガで描いてみたらどうかと考えた。最近のぼくは、新人育成の一環として、古典を原作としたマンガを、伸び盛りの新人に提案するというのもある。
2021年は、日蓮生誕800年にあたる。日蓮宗の人たちも、この機に日蓮の教えを改めて世に広めたいと考えていて、取材に協力してもらえることになった。そして、マンガの企画が通り、その本が今月出版された。
タイトルは『あなたは尊い 残念な世界を肯定する8つの物語』だ。
日蓮の説いた教えとは何か?それは、「あの世」ではなく、「この世」での救済を目指すものだ。来世で幸せになるために念仏を唱えるのではなく、この世で幸せになるために、法華経の教えを尊ぶことを日蓮は説いた。
悲しみ、挫折、孤独。そういった苦しみを抱いている人に対して、どのように日蓮が向き合ったのか。この『あなたは尊い』では、それを8つのエピソードにして、マンガにしている。
鎌倉時代は社会変化が激しく、さらには天災や飢饉も頻繁に起こる。現実から逃げ出し、来世にすがりたくなる人々の気持ちもよくわかる。そうしたなかで、現世で心穏やかに生きるためには、どういう心の姿勢が大切なのか。日蓮の教えは、現代を生きているぼくらにも響くものがある。
また、法華経では「全てのいのちは平等である」と説かれていて、当時は弱い立場にあった女性たちや差別される立場の人たちにも、日蓮は心から寄り添っていく。「日蓮の手紙」の手紙を読むと、そのことがよくわかる。
日蓮の手紙が現在まで残っていることを考えると、手紙を送られた相手にとって、その手紙は本当に心の支えになったに違いない。800年近く残る手紙なんて、そうそうない。日蓮の手紙を読むと、日蓮とは本当に心の優しい人物であることが伝わってくる。
今は「物語の力で、ひとりひとり世界を変える」に変更したものの、コルクを創業した時の理念は「心に届ける」で、読者の心に届く作品を世の中に送り出したいと思って今も仕事をしているが、日蓮の手紙を読むと「心に届けるとは、こういうことか」と純粋に感動する。
自分の作品で誰かの心を動かしたいと思うクリエイターは、日蓮の手紙を読んでみてほしい。相手の心に寄り添うとは何かを感じてもらえるはずだ。
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