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「知ったつもり」の罠に陥らない

超一流の人に共通していることがある。

それは「知ったつもり」にならないだ。

自分の描きたい対象に対して、ネットでググって終わりなんて決してない。作家たちは一次情報に当たる。自分で実感したことを書く。些細な嘘を許さない。

はじめ僕は、作家とは虚構をつくる仕事だと思っていたから、その細部へのこだわりに編集者として驚いた。表面的な情報の変更は嘘ではない。そこで起きる感情は、嘘がダメなのだと、作家が何を許容し、何を許容しないかを学んでいった。

このことは、作家だけでなく、ビジネスマンも同じだ。

ある経営者と食事をしていた時のこと。彼は相手を信頼するかどうかを決める時に、「尊敬する人は誰か」と質問をするらしい。そして、同時代の人を答えたら、その人に会うためにどのような工夫をしたのかを続けて質問する。

それが「一次情報に触れたい」という欲望の強さだし、「同時代の人に会う」という課題すら解決できない人に社会課題の解決はできない。妄想で人を尊敬しているとしたら、「妄想で事業をやってしまうから何かを成し遂げない」と言っていて、納得した。

『宇宙兄弟』で閉鎖環境を描く時に、僕は皆が疑心暗鬼になり、険悪になることでサスペンスを生み出そうと小山さんに提案した。そうしたら、現実では皆が一生の友になるなら、そのことをしっかりと伝わるような描き方を模索したいと、小山さんは言った。そして、「ここにいたんだ」というムッタの名セリフが生まれた。

平野啓一郎の傑作『葬送』は、一体どうやって生み出されたのか?

20代でこのような作品を書き上げたということが奇跡としか僕には思えない。しかし、それも信じられないくらい地道な作業の積み重ねと平野啓一郎の想像力が組み合わさって実現した。平野さんは、フランスに留学し、書店、古書店、図書館を巡り文献収集を行い、ショパンの愛人であるジョルジュ・サンドの書簡全集やドラクロアの日記を読み込んだ。部屋の壁には、所狭しと、ショパンやドラクロワの行動のメモが貼られていて、それを眺めながら執筆したらしい。

平野さんのような超一流の作家ですら、一次情報を元にその世界へのトリップする。

作家というと、机の前に座って黙々と作業をしているイメージが強いかもしれないが、そうではない。描きたい対象に自分で触れて、頭の中の「一次情報」を増やすことが大切なのだ。それによって、作品に生命が吹き込まれる。

ホリプーによるマンガ版『マチネの終わりに』は4月に完結する。

ホリプーが、一流になっていくだろうと予感することが打ち合わせであった。『マチネの終わりに』は、ニューヨークのセントラルパークで主人公の蒔野と洋子が見つめ合って終わる。ホリプーが「最後のシーンのために、セントラルパークに足を運ぼうと思っていたら、コロナで行けなくなった。悔しい」と言っていたのだ。

新人作家で一番大事なのは、心の姿勢だ。『マチネの終わりに』のマンガを描き始めた時は、クラッシックギターの描き方が微妙に間違っていて、福田進一さんからギターの写真集を贈呈されたくらいだった。連載をしていく中で、一次情報に当たるという姿勢を自分で身につけていた。

もちろん、全ての情報に対して自分ひとりで調べきるというのは難しい。編集者に取材を依頼したり、ネットや文献に載っている情報を参考にするのは悪いことではない。ただ、常に自分が「知ったつもりになっているのではないか」と疑い、自分の目で見て、自分の頭で考える姿勢が大切だ。

僕が新人マンガ家にちょっとしたテストをする時、雲を描いてみてと頼む。多くの人は、記号としての雲を描く。雲を描くという課題をわかったつもりになるからだ。たまに、その雲って、朝ですか?夕方ですか?季節は?とわかったつもりにならずに確認してきて、それで調べだす人がいる。そういう作家は伸びる。

編集者は「作品にどんなフィードバックをするのか?」とよく聞かれる。

一緒に作品を読み返し、「これって、本当にそうなんだっけ?」「こういう時に、このキャラはこんな反応するかな?」と、問いかけるだけだ。

自分の作った世界だからといって、作家が深く理解しているとは限らない。

作家の「知ったつもり」を解除して、自分の世界を探索するのを後押しする質問をするように心がけている。

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