時代を超えたツッコミが生まれるコンセプトの条件とは? 元任天堂の玉樹真一郎さん・石川善樹さんと考えるコンセプト論
作品づくりにおいて重要なこと。それは「ツッコミ」が生まれることだ。
いい作品とは、「ああでもない、こうでもない」と自然と読者の会話や議論を呼び起こす。夏目漱石やシェイクスピアなどの作品は、100年以上前に書かれたものであるのに、その解釈をめぐり、いまだに議論が続いている。
そうした時代を超えてツッコミが生まれる対象を作るためには、人を惹きつける「コンセプト」が重要なのではないか?
そう考え、友人の石川善樹さんと一緒に、「コンセプトとはそもそも何か?」「いいコンセプトはどうやって生まれるのか?」と、コンセプトについて考える場を定期的に設けているのだが、そこでは任天堂でwiiの開発に関わった玉樹真一郎さんが書いた『コンセプトのつくりかた』という本の内容を参考にしている。
編集者として、ツッコミが生まれる作品を生み出していくために、玉樹さんの話を詳しく聞いてみたいと思い、コルクラボのゲスト会で3人で対談を行った。その対談を、コルクラボのメンバーがレポート記事を作成してくれたので共有する。
玉樹 真一郎(たまき・しんいちろう)さん
1977年生まれ。東京工業大学・北陸先端科学技術大学院大学卒。プログラマーとして任天堂に就職後、プランナーに転身。全世界で9500万台を売り上げた「Wii」の企画担当として、最も初期のコンセプトワークから、ハードウェア・ソフトウェア・ネットワークサービスの企画・開発すべてに横断的に関わり「Wiiのエバンジェリスト(伝道師)」「Wiiのプレゼンを最も数多くした男」と呼ばれる。 2010年任天堂を退社。青森県八戸市にUターンして独立・起業。「わかる事務所」を設立。コンサルティング、ホームページやアプリケーションの開発、講演やセミナー等を行いながら、人材育成・地域活性化にも取り組んでいる。
石川善樹(いしかわ・よしき)さん
予防医学研究者、博士(医学)。1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。公益財団法人Wellbeing for Planet Earth代表理事。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。近著は、フルライフ(NewsPicks Publishing)、考え続ける力(ちくま新書)など。
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コンセプトづくりは、参加者の安心安全から
佐渡島:
昨年、玉樹さんが書かれた『「ついやってしまう」体験のつくりかた』も面白く読ませてもらいました。
はじめに、現在の玉樹さんは、どんな仕事をされてるんですか?
玉樹さん:
現在は地元である青森の八戸へUターンし、『わかる事務所』を設立しました。色んな団体の企画やブランディングを手伝いながら、「コンセプトづくり」のワークをやっています。
僕のワークでは、ゆるゆると楽しく話すことを大事にしています。
コンセプトワークは、直感的に分からない「未知の良さ」を探しにいくので、「こんなことを話してもつまんないかも」と思うような話をすることが重要です。現段階で明確に面白さを言語化できてなくても、なんか惹かれるものをゆるゆると発言できる空気づくりからはじめます。
実際、つまらないと思っていたものに、実は価値が眠っていたことに、後から気がつくことが結構多いんです。
佐渡島:
でも、自分がつまらないと思っている話を人前でするのは少し勇気がいりますよね。本を読むと、玉置さんは、参加者の安全と安心をどうやって確保したらいいかをすごく考えていますよね。
玉樹さん:
ええ。「何をしゃべってもいい」空気をつくるだけで、時間はしばらくかかります。僕がファシリテーターで入る時は、僕自身が自分の過去の恥ずかしい話をしてみたりして、どうでもよさそうなものを歓迎する雰囲気をつくっていきます。
何かしゃべれと言われた時、僕らは「何か良いことを言わなければ」という思い込みがありますよね。私にもあるので、その思い込みをどうやって外すかをひたすら考えています。
勝手なイメージなんですけど、人間の脳って、出会ってすぐの人と打ち解けられるようにはできていないんです。だから、話しやすい環境づくりには時間や工夫が必要です。
その環境づくりにかけた労力は、のちの創造性のための偉大なる犠牲です。大変だけど絶対に外せないことなので、それを楽しむくらいのノリが大切ですね。
コンセプトはキャラクターとセットで考える
佐渡島:
玉樹さんの『コンセプトのつくりかた』には、コンセプトの条件として以下の3つが書かれてますよね。
(1)覚えやすい: 簡単に覚えられ、いつでもどこでも思い出せること
(2)伝わりやすい:人々の間で流通しやすいこと
(3)変わらない:数多くのコミュニケーションを通しても形が変わらないこと
この条件以外に、現在の玉樹さんが付け加えたいものはありますか?
玉樹さん:
この3つに加えて、「自分たちでないとできない」と、自分たちがやる理由が明確になるといいかもしれません。
そもそも「このコンセプトなら誰がやっても上手くいく」と言われるとあまりやる気がしないですよね(笑)。コンセプトを考えるときは「自分たちだから、できる」までセットで考えると魅力的なコンセプトになるように思います。
佐渡島:
なるほど。作品づくりでいうと、そのコンセプトを読者に伝える「キャラクター」もセットで考える必要があるわけですね。
僕は「コンセプトづくり」や「キャラクターづくり」に対して理解が深まれば、歴史に残る作品を生み出せるんじゃないかと思っていて、このテーマで作家たちと議論ができる状態にしたいんです。
今、クリエイターと言われる人の多くは、クライアントから依頼をもらったり、市場をマーケティングをした後に作品をつくっています。これって、リアクションとしてのクリエイティブだと思うんですよ。ボケとツッコミでいうと、「ツッコミクリエイター」なんですよ。
僕が、作家たちと一緒に生み出したいのはボケとなる作品なんです。
いいボケがあって、はじめて上手いツッコミが発生しますよね。僕らの作品に対して世間がいいツッコミを入れてくれる状態を作りたい。時代を超えて、歴史に残るボケをどうやったら作れるのかと考えると、表現力云々の前に作品のコンセプトがすごく重要だと思うんです。
あえて「答え」を教えない重要性
玉樹さん:
おもしろいですね。確かに、編集者とは、コンセプトやキャラクターづくりを作家と一緒にワークしていく仕事ですよね
佐渡島:
そうなんです。どちらかというと、僕自身がヒットマンガを多く生み出すのではなく、いい作品を世に送り出す編集者を一人でも多く育てたいんですよね。現在、コルクでは多くの新人マンガ家の育成をしていますが、そもそもは編集者を育てる場としてコルクを創業しました。
だけど、編集を他人に教える方法がわからなくて、なかなか上手くいかなかったんですよね。結果として、「人は人から教えられて成長はしない」と考えるようになりました。
玉樹さん:
ものすごく共感します。教えられるって、根本的におもしろくないんですよね。
僕は「教える」より「メンタリング」が重要だと思っていて、メンタリングの設計に力を入れています。そこでは、メンターが答えを教えるのではなく、相手が答えを導きだせる体験ができるよ設計をしています。
佐渡島:
やはり、「教える」という関係だと、限界がありますよね。
これまでは編集者とマンガ家は一対一の関係で、ベテラン編集者が新人マンガ家に「ヒットするマンガとは何か?」を教える関係でした。でも、これだとマンガ家が指示待ちの姿勢になって、自分で考える能力が育ちません。
現在、コルクでは新人マンガ家を4、5人のチームにして、マンガ家同士がお互いの進捗や悩みをシェアする体制にしています。そして、ビジネスモデルを考える僕と、絵の技術的な部分をしっかりと教える師匠のふたりがいて、僕とその師匠が言っているアドバイスが真逆だったりするんですよ(笑)。
マンガ家には、自分に取り入れたいものを自分で取捨選択するようにしてもらっていて、自分で考えチームで成長するようにしています。
玉樹さん:
それはとてもいいと思います。でも、それを実践するのって大変ですよね。マネジメントとしては、手っ取り早く正解を伝えて、すぐに動いてもらったほうが楽ですから。しかし、あえてそうではない状況をつくって、個々人に判断を委ねる方が、成長は加速すると思います。
人が自主的に行動するかどうかは、状況によって変わります。指示通りに相手を動かすのではなく、その人にとって動きやすい状況を用意すれば、あとは自然に動いてくれるはずです。
自分の考えと意思に基づいて行動すれば、本人がその結果を解像度高く把握できます。そうすると、自然と成長が早まっていきますよね。
佐渡島:
ただ、メンバー自身が考えて動く組織づくりは、ものすごく難しいんですよね。マンガ家には少しずつできてきたかなと思う反面、編集者を育てると面では上手くできてないように感じます。
僕自身、言語に頼り過ぎているので、場を作るためには非言語コミュニケーションについて考えてみることも必要なのでしょうか。
玉樹さん:
僕の本では「体験デザイン」と呼んでいますが、どうやって人に行動を促すかを考える時に、言葉に頼ると「命令、提案、指示」になってしまうんですよね。
佐渡島:
言葉が介在すると「やらせれている感」になってしまうということですね。
道具と作法がコンセプトを広める
石川さん:
コンセプトに少し話を戻しますね。
僕は、千利休について書かれた伊東潤さんの『茶聖』を読んで、千利休がコンセプトと道具と作法を一気通貫で結びつけていたことが印象的でした。
茶道にも「一期一会」などのコンセプトはあるけど、その考えを武士に話しても上手く伝わらない。そのため、茶道を広めるにあたって、具体的な道具と作法に落として伝えていったという話が面白いと感じたんです。
コンセプトを考える時に、それを具体的に体感できるような道具と作法を作ることが大切なんでしょうか?
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