作家の進化
平野啓一郎の『ある男』が、9月28日、発売になる。
『マチネの終わりに』の発売から、約2年。平野啓一郎が丁寧に紡いだ物語だ。
平野啓一郎というと『日蝕』のイメージで、難解というイメージを持つ人が多い。しかし、最近の平野啓一郎の作品を読んで、難解と思う人はいないだろう。深い、美しい、と感じる人が多いのではないか。
平野さんの作品が、そのような読みやすさを獲得したのに、漫画編集者でもある僕の影響か?と聞かれることがある。
全く違う。
僕が平野さんの作品を編集しだしたのは、『ドーン』からだ。その後、モーニングで『空白を満たしなさい』を連載した。なぜ文学誌ではなく、漫画誌での依頼を受けてみようと思ったのか、質問したことがある。
『自分が歳をとっていくと、どれだけ人の意見を聞くつもりがあっても、若い人は自然と意見を言えなくなっていく。漫画編集者は、漫画家にかなり意見をいうと聞いた。人の意見を取り入れながら、作品を作っていくようにしたい」
平野さんは、このように答えた。30代前半の時だった。それから、複数の作品で、じっくりと打ち合わせをした。反発があった時もある。けれども、どんどん平野さんの打ち合わせの仕方は進化していき、今は、かなり意見を言い易い雰囲気を平野さんが作る。
『ある男』は、僕が編集したのではない。多くの人が、平野さんにたくさんの意見をフィードバックした。それが、かなり盛り込まれている。文學界の編集者、文藝春秋の単行本の編集者、cakesの加藤さん、ライターの石戸さん、映画のプロデューサー、平野さんのメールレターで読書会に参加してくださった人々、コルクラボのメンバー。みんなのフィードバックが反映されている。
取材などで、平野さんと初めて会った人が、僕にぽろっと漏らすことがある。「平野さんって、すごく話しやすい方ですね」。それを聞くと僕は嬉しくなる。
30代の前半に、自分の作品に正直にフィードバックをもらうために、作家としての振る舞い方を平野啓一郎は変えた。作品を良くするために、そのような努力の仕方が思いつく作家はどれほどいるだろう。
もう一つ、平野さんの作品が読みやすくなった理由がある。平野さんは、多様なアーティストとの交流がある。ギタリストの福田進一さんとの深い交流が、『マチネの終わりに』を生み出した。深澤直人さんや山中俊治さんとの交流が『かたちだけ愛』を。横尾忠則さんなど、多ジャンルの友人が多い。『ある男』では、弁護士の友人への綿密な取材が行われた。
その友人たちの生み出したものから、平野さんは多大な影響を受けている。平野さんも同様に、その友人たちに影響を与えうる作品を生み出したいと考えながら、作品を作っている。誰もが、本が大好きで、たくさん読んでいる訳ではない。下手をすると、ほとんど本を読まない人もいる。そのような友人でも楽しんで読める作品にしたい、そう考えだすと自然と読みやすくなっていったという。
平野啓一郎は、自分を進化させる方法を知っている作家だ。僕は、その環境を整える。『マチネの終わりに』ができた時に、僕は傑作ができたと思った。
でも、『ある男』ができた時に、『マチネの終わりに』をこえる傑作になったと思った。何度も繰り返し読んだ僕は、表紙のゴームリーの像をじっくりみていると泣けてくる。『ある男』は、泣くタイプの小説ではない。しかし、生きることの切なさが伝わってくる小説だ。この像は、何で頭を抱えているのか。ある男たちの切なさが、この像から伝わってきて、作品を読んだ時の感動が押し寄せてきてしまうのだ。ぜひ、読み終えた後に、この像をじっくりと眺めてほしい。
『マチネの終わりに』には、天才ギタリストの蒔野が出てくる。蒔野は、技術的にどんどん成熟していっているのに、セールスでは、神童と呼ばれたデビュー作をこえることができない、というエピソードがある。
平野啓一郎は、最年少で、デビュー作の『日蝕」で芥川賞を受賞した。作品は、どんどんと進化している。しかし、セールスでは、『日蝕』を超えれていない。作品の進化に、セールスが伴うようにする。それが、ビジネスパートナーとしての僕のミッションだ。
『ある男』は、9月28日発売開始。ぜひ、味わってほしい。そして、ブログやツイッターで感想を教えてください。
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