見出し画像

まきこまれ上手こそが、人生をより楽しめる

新しい視点を得るために、普段とは違うポジションの経験は重要だ。

そうした話を、先日『見えないものに気づく、大胆なポジションチェンジ』というnoteに投稿した。

物事を見る枠組み(フレーム)を変え、違う視点で捉え、新しい発見や学びを得る。そうすることで、得られるインプットの量と質が変わり、価値基準が磨かれることで、アウトプットに大きな変化が生まれる。

いかに視点を固定化せずに、枠組みに揺さぶりをかけていけるか?

この揺さぶりが上手い人ほど、何歳になっても探求の旅が終わらず、人生をより楽しんでいる気がする。

ぼくにとって、マンガ家の三田紀房は、まさにそのお手本だ。

編集者1年目の時から、三田さんの仕事を近くで見させてもらってきたが、三田さんは常に様々なジャンルでマンガを描き続けている。

『砂の栄冠』をはじめとした甲子園ものは、弱小校の奮闘を描いたスポーツもの。『マネーの拳』は、元ボクシング世界王者が会社経営に挑戦するビジネスもの。『インベスターZ』では投資の世界を。『エンゼルバンク』では転職エージェントの世界を。『アルキメデスの大戦』では第二次世界大戦を舞台にした作品を描いている。

驚異的なのは、これだけ多岐に渡ったジャンルの作品を手がけているのに、ハズレが一切ないことだ。どの作品を読んでも、読み応えがあり、作品が描いているテーマについて「もっと知りたい」と惹きつけられる。そんな三田さんの自伝『漫画家もどき』も最近発売された。

現在は『Dr.Eggs ドクターエッグス』を連載中で、医学部で学ぶ大学生たちを主役に、「日本の医学部では、どんなことを学ぶのか?」「医学とは、そもそも何か」をテーマとした作品を描いている。

そんな風に創作意欲が絶えない三田さんなので、昨年『アルキメデスの大戦』が終わった時に、「また新連載をお願いします」と伝えたところ、予想外の返事が返ってきた。

「もう65歳だよ。連載をたくさんやるような歳じゃないよ」

そうした返事をもらい、「言われてみれば、そうだよな」と感じた。週刊連載とはかなりハードで、普通のマンガ家であれば1作品で手一杯だ。それを三田さんは、20年もの間、複数やってきた。でも、さすがに年齢を考えると、連載を複数やるのが難しいのは当然だ。

だが、それから1年ほど経ち、状況は全く逆になっている。現在の三田さんは、新連載を4〜5本ほど立ち上げるべく動いている。

連載を4〜5本やるというのは、少し前であれば、狂気の沙汰と思われるだろう。だが、現在はAIやツールの進化により、創作環境が大きく変わろうとしている。

作品の根幹となる脚本やネームは三田さんがつくり、作画は他の作家に任せ、AIのサポートも上手く利用する。そうした新しいチーム体制で、複数の連載を同時並行でやっていきたいと言うのだ。

そして、三田さんから企画のアイデアやネームが次々と上がってくるのだが、そのどれもが面白い。衰えを知らないどころか、これからマンガ家としての全盛期を迎えるのではないかと感じている。年末には「俺は新しく生まれ変わったつもりで、マンガをやる」と宣言までしていた。

なぜ、三田さんの心境がここまで劇的に変化したのか?

この一年間、三田さんは、マンガ以外の活動にもすごく注力してきた。そこからの影響が大きいのではないかと考えている。

そのひとつは、三田さんの母校である岩手県の黒沢尻北高校で行われている『リアルドラゴン桜プロジェクト』だ。

進学校である同校で、東大に現役合格したのは1997年が最後。そんななか、2022年に三田さんが講演で母校に訪れた際に、東大志望の学生や教師から「何か支援をお願いできませんか?」と直訴され、その場で快諾。「ずっと母校に貢献したかった」という三田さんは言う。

プロジェクトの内容としては、東大を目指す学生に向けて、現役東大生のメンバーが講師となり、リモートの授業を毎月行う。授業の内容は、日々の時間の使い方や模試の活用法など様々だ。東京で合宿も行い、東大研究員の話を聞いたり、運動しながら勉強したりするなど、ドラゴン桜で描かれるような合宿も実施した。

また、こうした支援を継続するための資金を集めるために、三田さん自身が寄付をしたり、同校の卒業生に寄付をお願いする活動にも協力をしている。

2023年度は東大受験に挑戦する生徒が複数現れるところまでいったが、合格者は出せなかった。三田さんは「一人も欠けずに、ここまで来たことに感動している」と語っている。

もうひとつ紹介したいのは、『旧尾崎テオドラ邸』の活動だ。

東京の世田谷区豪徳寺には、尾崎行雄の旧居と伝えられてきた築130年と言われる洋館がある。

昔ながらの佇まいを残すこの洋館は、土地ごと売却される危機にさらされたのだけど、それを止めたのがマンガ家の山下和美さんたちだ。山下さんたちは『旧尾崎邸保存プロジェクト』を立ち上げ、ネット署名やクラウドファンディングなどを通じて支援を呼びかけた。

解体を免れたものの、古い洋館ゆえに補修が必要で、守っていくためには最低でも1億円はかかる。それで三田さんが声をあげて、多くのマンガ家仲間が協力し、様々な活動をしていくことに決まった。コルクも三田さんから話を聞いて、この活動に協力している。

現在、旧尾崎テオドラ邸では、洋館という非日常空間を幅広い世代に楽しんでもらえるように、マンガの原画を展示するギャラリーと喫茶室を営んでいる。この収益から、補修費を補っていこうとしている。

こうした活動を通じて、様々な刺激を受けるなかで、新しい視点の発見が幾つもあったのだろう。創作意欲が高まり、「新しいことを挑戦しよう」という気持ちが溢れ出ているように感じる。

そんな三田さんの姿を見ていると、「66歳になっても、こんなに変われるものなのか」と、三田さんへの尊敬の念が改めて湧く。そして、自分もこういう風に年をとっていきたいと感じる。

三田さんは、ある種、「まきこまれる」のが上手いとも言える。まきこまれるなかで、新しい視点を幾つも発見し、活力へと変えていく。そして、さらに周りをまきこむ。生き方として、すごく魅力的だ。

ぼくも、福岡に移住してから、雲孫財団に関わったり、福岡の街づくりに関わったりしていくことで、編集という仕事の捉え方が変わってきている実感がある。

まきこまれ上手であることと、まきこみ上手であることは、同じであるとも言える。

三田さんが、SNSも自分でやっていくと、Xのアカウントの運用も始めた。

https://x.com/mitanorifusa?s=21&t=2GBjQzcfq3wCDKJIfaFd5w

その姿勢をすごく見習いたいと思った。


今週も読んでくれて、ありがとう!この先の有料部分では「最近読んだ本などの感想」と「僕の日記」をシェア。

ここから先は

2,459字 / 6画像
表では書きづらい個人的な話を含め、日々の日記、僕が取り組んでいるマンガや小説の編集の裏側、気になる人との対談のレポート記事などを公開していきます。

『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

購入&サポート、いつもありがとうございます!すごく嬉しいです。 サポートいただいた分を使って、僕も他の人のよかった記事にどんどんサポート返しをしています!