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目には映らない、街に漂う「文化の香り」

先日、アブダビに出張し、数日間滞在した。

アブダビといえば、中東でも屈指の近代都市だが、ここ近年の都市開発の熱量は凄まじい。特に目を惹くのが、観光都市への投資だ。

なかでも有名なのが、2017年にオープンした『ルーブル・アブダビ美術館』だろう。フランス政府公認のもので、ルーブルの名を冠したミュージアムがフランス国外で誕生したのは、アブダビがはじめてだ。

UAE政府は「ルーブル」の名を冠する対価として、フランスにとんでもない額のお金を毎年払っているらしい。それでも、UAEやアブダビに観光客を呼び込むために、ルーブルのブランド力を借りる決断をした。

この他にも、2018年には、世界最大規模の屋内テーマパークの『ワーナー・ブラザーズ・ワールド・アブダビ』が。2021年には、こちらも世界最大規模の水族館となる『国立水族館アブダビ』がオープン。こうした大規模な施設が次々と誕生している。

今回のアブダビ出張では、それらの施設に足を運んできたのだが、どれも圧倒されるものばかり。純粋に「スゴい」の一言に尽きる。

このような都市開発が実現できたのは、石油が生み出した莫大な利益なのは間違いない。でも、お金だけでは、短期間で都市をここまでのものにすることはできない。UAE政府の「アブダビを世界的に誇れる文化都市にしていきたい」という情熱を肌で感じることができた。

ただ、アブダビを回る中で、都市の魅力として「何かが足りない」という気持ちが拭えなかった。「スゴい」と感じていながらも、「楽しい」とは感じることができなくて、その原因が何かをずっと考えていた。

結論、それは歴史によって培われた「文化の香り」だと思う。

例えば、京都の街を歩いていると、至る所に歴史を感じることができる。過去から引き継ぎれている建物もあれば、建物自体は消滅しているが、その跡地として看板が建てられていたりする。

そうした建物や看板を見ていると、「きっと昔は、この場所で、こういう人たちが、こういうことをしていたのだろう」と想像が膨らむ。そこであった出来事や、そこで生きていた人たちの生活を想像する。そんな風に、現実には見えていない風景が立ち上がってくるのだ。

特に、ヨーロッパの街は、文化の香りをすごく感じる。街を少し歩いているだけで、「あの芸術家も、この通りを、こうして歩いていたのかな」「ここから、この景色を眺めていたのかな」という気持ちにさせられる。

一方、中国では、凄まじい都市開発が行われていて、街の姿はどんどん変わっている。でも、開発が進む地区のとなりに、昔ながらの地区があったりして、新旧が混ざり合っていたりする。都市の発展に驚嘆しながらも、古き時代の中国にも想いを寄せることができる。

それらの都市と比べると、アブダビは誕生して間もない。ラクダの飼育や漁業くらいしか産業のなかった土地に石油が見つかり、石油産業が活発になったのは1970年代頃。都市開発に力を入れはじめたのも、この30年くらいだ。

思い起こされるような過去がなく、いま目に映っているものが全て。アブダビの街を眺めていると、そんな風に感じられる。

文化が成熟していくには、どうしても時間がかかる。何代もの人たちが継承していって、土地に染み込んでいって、そこに生きた人たちの息遣いが街に根づいていく。そうしてはじめて、文化の香りが街に漂ってくる。

目には見えない、潜む声に耳をすませる。

そうしたものに自分は惹かれていることを、以前に投稿した『潜む声に耳を澄ませる』というnoteに詳しく書いた。そのことを、今回の出張で改めて実感した。

経済的な発展はなくても、文化の香りが漂ってくる。そういう街や土地が、ぼくは好きなんだなと思う。街は生きている人だけで出来ているのではない。そこで死んだ人たちも、今の街を作っているのだ。

街に目を凝らすと、耳を澄ますと、死者たちの姿と声が聞こえてくる。

僕は歳をとり、そのようなものに気づけることができるようになってきたのだろう。

アブダビの都市の歴史は始まったばかりだ。数百年すると、文化の香りのする場所になるだろう。そうした熱量を、都市づくりをしている人たちから感じる。

今後、アブダビの人たちとは長期的に関わっていくことになりそうなので、この街がどういう文化を築いていくかが楽しみだ。


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『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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