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僕たち、「恥」の意味も知らずに恥ずかしがっていました。 【恥からはじまる「感情」論考 #1】

怒り、喜び、悲しみ、誇り――。
私たちの行動や思考を、無意識のうちに支配する「感情」

誰もが振り回される「感情」とは、そもそも何なのか?
編集者・研究者・マンガ家。
三者三様の視点から、感情の本質を探る!

連載第1回目のテーマは、「恥」

恥の定義を話し合っているうちに、3人の恥ずかしい過去までもが明らかに!?

<書き手=秋山 美津子、カバーイラスト=羽賀翔一

<登場人物紹介>

佐渡島庸平(Yohei Sadoshima)
コルク代表。新たな才能の発掘やコンテンツ開発に取り組む一方、自らの感性も磨くべく、あらゆる物事をユニークな観点から考察。中でも「感情」は、クリエイターとして大切にしているテーマ。
石川善樹(Yoshiki Ishikawa)
「Wellbeingとは」を追求する、予防医学博士。イベントの対談で佐渡島と意気投合し、以来、友人として刺激を受け合う仲に。「感情を知れば人は幸せになれる」という自説に基づき、自身の感情さえも分析・検証している。
羽賀翔一 (Shoichi Haga)
コルク所属のマンガ家。ベストセラー『君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)刊行から数年、新たな作品を描こうと奮闘するもやや迷走中……。現状を打破すべく、担当編集・佐渡島の呼びかけにより本企画に参加。

・・・

「恥」とは、人が持ち得る高級な感情

佐渡島:
僕がこのメンバーで「感情」について考えてみようと思ったのは、そもそも善樹の言葉がきっかけなんだよね。善樹は日頃からよく、「感情というものを知ると、人は幸せになる」と言っているじゃない?

石川:
そう。感情って、すぐに脳をハイジャックしちゃうから。それなのに我々は、感情に対してあまりに無頓着すぎるのではないかと。

佐渡島:
確かに、日常のあらゆる場面や行動において感情は介在しているのに、感情そのものについて深く考えることってほとんどないな。「自分は今、喜びという感情を抱いている」とか、「この気持ちは喜びなのだろうか?」なんて、いちいち思わないし。

でも自分の感情をコントロールできると、他人の感情にも左右されなくなるだろうし、気持ちが安定していれば、いかなるときでも行動量が落ちることはないから、仕事での結果も出やすくなるだろうね。

石川:
ハーバード大学では、感情と意思決定の研究に使用されている「感情のチェックリスト」というものがあって、ネガティブ感情とポジティブ感情がそれぞれ6つ、12種類に分類されているの。

【ネガティブ感情】
怒り/イライラ/悲しみ/恥/罪/不安・恐怖

【ポジティブ感情】
幸せ/誇り/安心/感謝/希望/驚き

石川:
一般的に「幸せ」というと、「いかにしてネガティブ感情をなくし、ポジティブ感情を増やせるか」だと捉えられがちでしょう? でも僕は、ポジティブ感情だけに執着せず、ネガティブ感情を上手に受け入れることのほうが、幸せにつながるのではないかと考えたんだよ。

とはいえ自分は基本的にごきげんモードの人間なので、あまりネガティブ感情を感じることがない。だから、意識的にネガティブ感情を感じてみる必要があるなと。

では「どのネガティブ感情がよいだろうか?」と考えたときに、人間以外の動物にもネガティブ感情はあるわけで、たとえば「怒り」とか「悲しみ」とかだね。猿だって、自分の子どもを失うと一晩じゅう泣くし。

佐渡島:
「嫉妬」もあると思う。猫や犬も、飼い主が別のコを可愛がると嫉妬したりするから。

石川:
でしょ。その中で、「罪」とか「恥」は、人間だからこそ持ち得る、きわめて高級なネガティブ感情ではないだろうかと。まさにアダムとイブだよ。

だから、「とにかくこの2つを感じまくるようにしよう」というのが、最近の僕の大いなるテーマ。

佐渡島:
じゃあ、今回はその「恥」という感情について考えてみよう。

思い出したんだけど、平野啓一郎さんの小説『ドーン』では、まさにこの「罪と恥」が描かれていたなあ。ネタバレしないように話すと、主人公の明日人(あすと)は宇宙飛行士で、人類初の有人火星探査に参加したものの、あるミッションを成功させることができなかったの。でもその理由が明日人にとっては恥と感じるものだから、なかなか告白することができずにいる。

ここで面白いのは、罪って告白することによって英雄になれる可能性があるけれど、恥は告白しても英雄にはなれない。「なぜ恥の告白は、罪の告白より難しいのか」というのが、一つの大きな文学的テーマになっていると感じた作品だね。

石川:
なるほど。確かに、罪に対しては懺悔するとか、言ってしまったほうが楽になるという考え方がある。

佐渡島:
恥は言っても、あまり楽にならないよね。

石川:
羽賀君の作品『君たちはどう生きるか』で、主人公のコペル君は友達がいじめられているのを目撃したのにも拘わらず、助けることなく見捨ててしまい恥を感じていたよね、きっと。

羽賀:
あのときのコペルは、「死んでしまいたい」と思うくらい、自分に失望していますね。

石川:
それは罪の感情なの? それとも恥?

羽賀:
うーん……。罪かもしれない。

佐渡島:
そうなんだ。羽賀君の考え方だと、「自分に失望する」のは、恥ではなく罪の感情によるものというニュアンスになるな。

石川:
以前読んだ本には、「西洋は罪の文化/日本は恥の文化」ということが書かれていた気がする。でも罪と恥って、似ているようで何か違うよね?

恥とは何かを知るためにも、まずは自分が恥ずかしいと感じた体験を話してもいい?

僕が最近恥ずかしいと感じたのは、買い物をしていたとき。研究室に向かう途中、コンビニでミルクティーに入れる牛乳を買ったのだけれど、ふと疑問が湧いたの。

「ちょっと待てよ。自分は40年近い人生で膨大な量の消費をしてきたにも拘わらず、“消費とは何か”を考えたことがあっただろうか?」と。その瞬間、「消費とは何かを考えもせずに消費している自分」が、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。もうね、その場で「うわああああああ!」って(笑)。

佐渡島:
自分を恥じているってことか。羽賀君の恥ずかしい経験は?

羽賀:
最近ではないですけど、数年前に佐渡島さんが焼き肉をご馳走してくれたとき、人前で号泣してしまったのは恥ずかしかったですね。

そのときは僕以外に、コルクのインターン初日の学生がいて。焼き肉を食べながら、佐渡島さんから「どんな作品を描きたいの?」とか「これからどうしていきたいの?」とか聞かれているうちに、自分のたまっていた感情が爆発しちゃったんです。インターンの子がいる前で、嗚咽するくらい泣いてしまって。

佐渡島:
羽賀君のあまりの号泣っぷりに、インターンの存在が影も形もなくなっちゃうというね(笑)。

羽賀:
むしろ、「こいつどうした!?」みたいな目で見られていましたよ。しかも、帰り道がその学生と一緒だったんです。僕はマンガ家として「どんなに思い悩んでも、それを表では見せたくない」という思いがあったから、本当に恥ずかしかったですね。今思い返しても恥ずかしい……。

佐渡島:
僕からすると、それは「気まずい」という印象なんだけど、羽賀君にとって「気まずい」と「恥ずかしい」は一緒の感情なの?

……なんだか、考えだしたらわかんなくなってきた。わりと難しいね、これ。

石川:
感情の受け取り方や定義って、人によってこんなにも違うんだ。

羽賀君の号泣の要因には「不安」もあったのだろうけれど、それを人に見られたら、「恥」に変わってしまう。

佐渡島:
感情を言語化しようとすると、意外と曖昧になるね。


自分と他者、人はどちらに「恥」を感じるのか?

石川:
そういう意味では、漢字ってよくできていると思う。「耳」に「心」があると書いて「恥」でしょ。だから、耳が赤くなるような感情が恥なんじゃない? 僕、コンビニの一件では本当に耳が赤くなったもん。

でもさ、羽賀君が言っていた「自分はこうありたい、というイメージとの差を他人に見られる」ことが恥だとすると、それを恥だと感じない佐渡島くんは、ずっと素の等身大で生きているということかもね。

佐渡島:
なるほど!それいいヒントだよ。善樹は誰に対して恥ずかしい?

石川:
自分だね。人って、抽象度が高い人もいれば、具体的に考えるのが好きな人もいる。抽象的なことが好きな人って、抽象的なことを抽象的なまま処理できるの。哲学者とか、まさにそれだと思う。

僕は、日頃から「人が幸せになるには」とか抽象的なことを抽象的なまま議論しているから、具体的な言動より抽象的なことに対してのほうが、すごく恥ずかしい。「自分はそんなことさえも、わかっていなかったのか!」という気持ちになる。

羽賀:
僕はどちらかというと他者に対して恥を感じるほうで、しかも世間一般の、不特定な他者のイメージですね。たとえば、電車のドア付近に立っていて、ドアが開いたときに誰かが降りると思ってホームによけたら誰も下りなかった、みたいな。「恥ずかしい!」と思いながら、また乗ります。

石川:
じゃあ、ホームで乗ろうとした電車のドアが目の前で閉まってしまったときに、その場で立ち尽くす人と恥ずかしそうに立ち去る人、どっちのタイプ?

羽賀:
急に歩き出すタイプです。できるだけ周囲の目から離れたい。

佐渡島:
善樹はそういうの、気にならないでしょ?

石川:
ならない。もうね、「威風堂々とはこのことなり!」というくらい、ドーンと立っているよね(笑)。

そういえば先日、ヒートテックタイツの上にズボンを履くのを忘れて家を出ちゃってさ。しばらくのあいだ、ステテコみたいなヒートテックだけで歩いていたの(笑)。それに気付いたとき笑っちゃって。でも恥ずかしさを感じるより、人に「いやあ、実は今日さ~」って話したくなる気持ちのほうが強かった。

佐渡島:
羽賀君、しゃべれないでしょ、そういうの。

羽賀:
絶対にしゃべれないですね。そのまま帰って自宅で作業します(笑)。

佐渡島:
羽賀君にとっての「恥」は他人の目があってこそで、善樹にとっての「恥」は、自分に向けての情けなさなんだね。僕は、善樹の「恥」の感覚にかなり近い。

石川:
人の目は本当、気にならないんだよね……。

羽賀:
僕、ティッシュ配りも恥ずかしくて無理です。無視されたときのリアクションが、いちいち心に突き刺さるので。

石川:
そうなんだ!? 僕は学生時代、ティッシュ配りのバイトをしていた友人の手伝いを、ボランティアでしたことあるよ。「暇だから俺もまぜてくれ!」って。そのときは、「どうやれば受け取ってもらえる確率を上げられるか?」というゲーム的な感覚になる。

……それにしても思わぬことができないんだね、羽賀君は(笑)。

佐渡島:
羽賀君はマンガ家を目指す前、教員になることも考えていたんでしょう?

羽賀:
それがですね、教育実習のときに、緊張と恥ずかしさでじっとしていられなくて、ぐるぐる動き回っちゃうんですよ。指導官からも「多動だ」と言われるくらい。

授業の終わりに生徒へのアンケートがあって、それを読むのもしんどかったですね。「先生の声は、ずっと聞いていると眠くなります」とか書かれて。「そんなの直しようがないじゃん!」と思って、先生にはなりませんでした。

石川:
それは直せるでしょう!(笑)

佐渡島:
自分の姿を写真とか雑誌で見るのはどう? 僕は、自分の録音した声を聞くのも恥ずかしい。羽賀君、恥ずかしがるくせに自分を見るのは大丈夫だよね。出演したテレビ番組とか。

羽賀:
見ます。

石川:
いや無理無理無理―!! 普段、鏡とかも見ない。たぶん、「人からどう見られているか」より、「自分というものを見る」ことのほうが恥ずかしいのだろうなあ。

僕、たまにクイズ番組に出させていただくことがあるのだけれど、オンエアを見たことがない。……というか出演した番組自体、まだ一度も見たことない。

佐渡島:
なんで出演を承諾したの?(笑)

石川:
クイズって、簡単だと思えるような基本的なことが、意外にわからなかったりするから。あと、間違えたときに自分はどんな感情になるのかに興味があって。

佐渡島:
僕も日常で何かを間違えること自体は恥ずかしくないけれど、「クイズ番組ともなると、間違えるのを恥ずかしがるかもしれない」と思う自分は恥ずかしい。意味わかる?(笑) そういう場で気取るかもしれないと思うと、なかなか行けないというのはあるなあ。

高校時代、テニス部に所属していて団体戦の主将を務めたことがあるのね。で、自分がゲームに負けるとその団体戦での負けが決まる試合で、プレーしながら「これは負ける……」と思い始めていたのだけれど、「なんかここ、足が滑るな~」みたいなアクションを、随所に盛り込んだりして(笑)。負けたときの言い訳をいっぱい用意して負けたの。あの晩は、そんな自分が恥ずかしいという思いで眠れなかった。


タイプが違うと、わかり合えない「恥」がある!?

石川:
ここまで話してみて感じるのは、「感情を考察する」って、感情の辞書を作ろうとしているようなものだね。ほんと難しい。

佐渡島:
様々な感情の事例から解釈を狭めていって理解しようとしているわけだからね。でも、考えれば考えるほど「問い」のほうが増えていって、とてもじゃないけれど答えを出す段階に至ってないと思う。

このテーマ、むしろ「逆にわからなくなった」で終わるかもしれない(笑)。

石川:
それでもいいと思うよ。「感情」を意識することが大切で、答えなんて永遠に出ないと思う。……が、今さらだけどグーグルで「恥」を調べみた。

【恥】
1 世の人に対し面目・名誉を失うこと。自分の弱点についての引け目。(人並みでないとして)他人から受けた侮辱(ぶじょく)・物笑い。
2 恥ずべき事柄を恥ずかしいと思う人間らしい心。

 ……こうして普通に書いてあるけど、「面目」と「名誉」って、全然違うじゃん! この2つの差って大きいよ?

でもまあ我々は一応、一番目の定義にはたどり着いていたということだね。「2」はすごいな~。「恥ずべき事柄を恥ずかしいと思う人間らしい心」って???

佐渡島:
恥ずかしがらないと人間じゃない、みたいな(笑)。ということは、羽賀君のように恥ずかしがる人たちは、善樹や僕みたいに鈍感で恥ずかしがらないやつのことを、人間らしくないと思っていることになるよね? 「自分たちのほうが繊細よ!」みたいな感じになりやすくない?

羽賀:
いやいや(笑)。

石川:
この定義でいうと、我々はもはや人間ではないな(笑)。この「恥ずべき事柄」が自分にとってなんなのかは、感情を日頃から観察していないとわからないだろうね。僕らだって、今日やっと「ああ、これって恥ずかしかったんだ」と思えたくらいで。

お、検索していたらこんなのも出た。「欠点、または罪の意識から生ずる苦しい感情」「不名誉な状態」だって。

佐渡島:
誰かの自尊心を奪うということ? それとも、自尊心がなくなっているということかな……。何かに失敗して自己肯定感が下がっている人は、周りの目を気にする傾向があるのかもしれない。

そもそも、「何を恥と感じるか」については、国や育った環境、自分たちに植え付けられている文化・習慣にも関係するよね。たとえば、イスラムの女性は顔を見られることを恥ずかしいと感じるけれど、日本の女性はそこにあまり「恥」を感じない。

だから、常識的であろうとすることをやめると、恥も感じなくなるんじゃないかな。

石川:
常識と照らし合わせて、そこから外れるようなことが恥ずかしいと思うのは、羽賀君タイプ。

自分にとってよいと思っているものから、はずれたときの恥ずかしさが我々のようなタイプ。この両者のあいだの溝は深いよね。

佐渡島:
羽賀君は「保全」で、僕らは「拡散」とも受け取れるね。基本的に、保全と拡散はわかり合わないよ。

石川:
じゃあ羽賀君と佐渡島君は、すごいコンビで仕事しているんだ(笑)。

佐渡島:
羽賀君に限らず、マンガ家はみんな「保全」じゃないかな。編集者やプロデューサーは「拡散」。反発するのではなく、補完の関係だから。

石川:
なるほどね。話しているうちに、どうやら僕の中の「恥」には、2つのタイプがあることに気付いた。「経験したくない恥」と、「経験してよかったなと思う恥」。

テレビや写真で自分の姿を見るというのは、経験したくない恥。経験してよかったなと思える恥は、実はまだ恥じゃない。

……おお、なんか少しだけ進展した気がする!

佐渡島:
そうなると僕や善樹のようなタイプは、まだ本当の意味での「恥」を知らないのかもしれないね。

石川:
うわあ……。恥を知った気になっていたことが、もうすでに恥ずかしいわ! 「経験したくない恥」が無意識に避けていたエリアなら、恥を知るためにもあえていったほうがいいね。

これからは自分の出演したクイズ番組、ちゃんと見ます(笑)。

<第二回に続く>

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