ただ一人に深く物語を届ける、その先にあるもの
「ただ一人、深く届ける相手を定める」
今年、『コルク創作6箇条』を定めた。そして、この言葉は、創作における全ての土台となる考えとして、6箇条の一番上に置いている。
作品は「誰か」に届けるために生まれるものだ。その「誰か」を明確に見つめなければ、作品は宙に浮いてしまう。編集者も作家も、まずは「届けたいただ一人」を心にしっかりと描いてほしい。そして、その人の心を動かすのはどんな物語かを考えていく。それが、この言葉に込めた想いだ。
先日、まさにこの言葉を体現していると感じる物語と出会った。
ホリエモンこと堀江さんが主演・プロデュースするミュージカル『ブルーサンタクロース』だ。
堀江さんのミュージカルを観に行くのは、今年で8回目になる。いつの間にか、ぼくにとって冬の小さな風物詩になっていた。
最初に足を運んだのは、堀江さんがミュージカルに挑戦するという話に単純な興味を抱いたからだ。友人の発表会を応援するような軽い気持ちだった。しかし、舞台上で堀江さんが一生懸命にミュージカルに取り組む姿を見てると、いつも胸を打たれる。
堀江さんの「やりたいこと」に純粋に挑戦する姿。それは、とても真っ直ぐで、どこか眩しい。そして、その姿に触れるたびに、ぼく自身も何かを始めたくなるのだ。
だが、今年は、これまでとは少し違い、物語そのものに強く興味を引かれた。なぜなら脚本を手がけるのが、鈴木おさむさんだったからである。
コルクでは、鈴木おさむさんに企画・脚本をお願いし、新人マンガ家がその物語をマンガ化する企画をいくつか手がけている。
たとえば、中高年の悲哀を描いた『ティラノ部長』は、本当に秀逸な企画だと思う。鈴木おさむさんの「時代を捉える力」は、いつもながら見事だ。
ぼくらの世代にとって、ティラノサウルスといえば「強くてカッコいい恐竜」の象徴だった。しかし今では、恐竜ショーにティラノサウルスが登場すると、子どもたちから大ブーイングが起きるらしい。
ティラノサウルスは肉食ゆえに、草食の恐竜たちを食べてしまう。ショーのラストでは、ティラノサウルスと草食のトリケラトプスが戦うのだけど、子どもたちはみんなトリケラトプスを応援する。肉食系でパワフルな存在として賞賛されていた存在が、その力強さゆえに非難の的になる。
おさむさんが家族で恐竜ショーを観たとき、そうしたティラノサウルスの姿が、社会の変化についていけず会社で輝きを失っていく中高年と重なって見えて、とても切なくなったという。そして、そこから「ティラノ部長」というキャラクターが生まれた。
でも、おさむさんの才能が最も発揮されるのは、「当て書き」の脚本の時だと、ぼくは思ってる。劇は当て書きになりやすいから、おさむさんの劇は大傑作が多い。今回、おさむさんが堀江さんのミュージカルの脚本を手がけると聞いて、どんな物語が生まれるのか、期待せずにはいられなかった。
今回の『ブルーサンタクロース』で堀江さんが演じる主人公は、堀米貴文という名前だ。堀江さん自身を投影したキャラクターであり、裕福ではない家庭で育った過去や、刑務所での経験など、堀江さん自身の人生が物語の中核にある。
この堀米貴文というキャラクターは、堀江さんという「人物」を見事に捉えていると感じた。世間で勘違いされがちな一面はユーモアたっぷりに描かれ、堀江さんが持つ少年のような青臭さや純粋さも、しっかりと表現されている。まるで堀江さんそのものが物語の中で生きているかのようだった。
堀米貴文というキャラクターを通じて、堀江さんの青臭い魅力に改めて触れ、観客は自然と堀江さんのことが好きになる。おさむさんの脚本が、堀江さんの人間的な魅力を余すところなく引き出しているように感じた。
おさむさんは「当て書き」の天才だと思う。
たとえば、『SMAP×SMAP』があれほどの人気番組になったのも、おさむさんがSMAPの魅力を余すことなく引き出したからではないだろうか。もともと魅力的な彼らが、おさむさんの企画や脚本を通して、さらに輝きを増す。その相乗効果が、あの番組を特別なものにしていたのだと思う。
今回のミュージカルで、特に印象的だったのは、堀江さんが自然と涙を流しながらセリフを語る場面だ。堀江さん自身の心からの想いがセリフに込められていて、それが堀江さん自身の感情を揺さぶっているように見えた。
どこまでが演技で、どこからが素なのか、まったく分からない。その境界の曖昧さが、なおさら胸を打った。こんなセリフを書けるなんて、やはり鈴木おさむさんはすごい。
今回のミュージカルで一番心を動かされているのは、観客ではなく主演の堀江さん自身ではないだろうか。堀米貴文という役を通して、自分自身と向き合うことで、堀江さんのこれからの人生までもが変わっていく。そんな予感を感じた。
コルクでは「物語の力で、一人一人の世界を変える」をミッションに掲げているが、今回、まさにその瞬間に立ち会ったような気がする。
「ただ一人、深く届ける相手を定める」
おさむさんは『ブルーサンタクロース』において、深く届ける相手として堀江さんを選んだのだろう。そして、堀江さんの感情の高まりは、やがて周囲に伝わり、観客一人一人の心を揺さぶる感動へと繋がっていった。
ぼくらが目指すべき創作のあり方とは、こういうものなのだ。おさむさんと堀江さんが、まさにそれを体現してみせてくれたと感じた。
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コルク佐渡島の『好きのおすそわけ』
『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…
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