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人の心を動かすのは、技術ではなく衝動

本を読む時、ぼくらは、物語の背後にいる作者と出会う。

作者は、プロであるために、技術を磨く。しかし技術は、作者の衝動、情熱を伝えるための手段でしかない。技術は、圧倒的に突き抜けている時しか、人を魅了しない。逆に、衝動や情熱を抑えてしまったり、隠してしまったりする。

たとえ技術的には不完全でも、作者の圧倒的な衝動が出ている作品を読むとグッと引き込まれる。

そんな作品のひとつが『チ。ー地球の運動についてー』だ。今年のマンガ大賞にもノミネートされていて、健闘するのではないかと思う。

このマンガの舞台は15世紀のヨーロッパの某王国。地球を宇宙の中心として考える「天動説」が定説である時代に、「地動説」という真理に気づき、その真理に魅せられてしまった人たちの物語だ。

誰も逃げることのできない「知りたい」という欲求に対して、どう向き合っていくのか? 登場人物が戦うのは、自分自身の心だ。

作中では、異端者を処罰する側に対して、こんなセリフが登場する。

「敵は手強いですよ。あなた方が相手にしているのは僕じゃない。異端者でもない。ある種の想像力であり好奇心であり、逸脱で他者で外部で・・・畢竟。それは知性だ。」

タイトルの「チ」とは、地動説の「地」のことを意味しているのだろうが、同時に「知」であり、「血」でもあるのだろう。

ぼくは、この『チ。ー地球の運動についてー』の作者である魚豊(うおと)さんに、とてつもない才能を感じている。

魚豊さんの前作である『ひゃくえむ。』も、深く考えさせられる作品だった。100m走の小学生チャンピオンが年齢を重ねるに連れて、才能が枯渇し、勝てなくなっていく姿を描いた物語で、そんな自分をどうやって受け入れていくのかという問いに真正面からぶつかっていた。

魚豊さんの作品からは、「この感情を描きたい」「この問いに真正面からぶつかりたい」という圧倒的な衝動を感じる。

『チ。ー地球の運動についてー』の、第一話の最初の3ページを見てほしい。

(▼)下のサイトで、第一話と第二話の試し読みができます

"硬貨を捧げれば、パンを得られる。
 税を捧げれば、権利を得られる。
 労働を捧げれば、報酬を得られる。
 なら一体何を捧げれば、この世の全てを知れるーー?"

この言葉とともに、見開きのページで、痛々しい拷問のシーンが描かれている。なぜ、こんなシーンから物語を始めようと思ったのか。狂気すら感じるほどだ。作者は、何か強い衝動に突き動かされて描いたよう感じる。

衝動は、他人から言われて持てるものではない。

ぼくは、新人マンガ家の作品を読む際には、絵の技術や物語の構造が整っているかではなく、作家の強い衝動が原稿に宿っているかを一番見ている。技術は経験を積めば、後からついてくる。だが、衝動は簡単に生まれない。

『宇宙兄弟』の小山さんの作品をはじめて読んだのは、新人賞に応募してくれた『ジジジイ』というマンガだが、そこには衝動が刻まれていた。

細かいコマまで含めて、「描きたい」という気持ちの集合体のような作品で、縦横無尽に空を駆け巡るカッコいい老人を描きたいという迫力が漲っていた。「この人は、すごい作家になるに違いない」と確信し、小山さんが当時住んでいた大阪まで、すぐに会いにいったほどだ。

技術は、あくまで伝えたいものを届けるための手段だ。技術で、深い感動は生まれない。人の心を動かすものは、いつだって強い衝動から生まれる。

現在やっているコルクラボマンガ専科でも、「今の社会をどう捉えていて、自分はどんな生き方をしていて、こんな作品を創りたい」という受講生それぞれの初期衝動を深掘りするために、山田ズーニーさんに半日のワークショップを3回してもらっている。

内的に湧き上がる「衝動」を察知し、それを創作や表現の「エネルギー」へどう昇華させていくか。

『チ。』で、人を死ぬところまで追い詰めたのは、金銭欲でも、名誉欲でもなく、探究心。知への渇望だった。

いかに、探究心を味方につけるか。

人間の「探究心」は誰かに言われて抑えらえるものではない。

わからないからこそ、知りたい。
わからないからこそ、楽しい。
知れば知るほどにわからなくて、面白い。

安定を脅かすことになっても、自分の心に従うのか?
社会全体を敵に回しても、自分の道を探求し続けられるか?

探究心についてぼく自身も関わった本が、第2弾が出ることになったので、そちらも合わせて紹介しておく。


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