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「異世界転生もの」は未来の生き方の予行練習だ。

作家は「炭鉱のカナリアである」とは、僕の大好きな作家・カート・ヴォネガットが言い出したことだ。カナリアが、炭鉱の空気が薄いことを他の動物より先に察知するのと同じように、時代の変化を察知するのが作家が早いということだ。

感情は、論理よりも先にやってくる。社会の変化を学者やビジネスマンが説明するよりも先に、作家は物語で描く。

社会の集団無意識は、「エモい」のような言葉として表出することもあるが、作家を通じて表出すると物語になる。

今、ラノベ業界を賑やかしている「異世界転生もの」は、読むに値しない若者たちの戯言ではない。しっかりと社会の変化を捉えた文学の流れの一つではないか、と最近、僕は考え始めている。

本当に大きく社会が変わるときは、一人の天才が書くのではなく、大勢の作家が一気に書き始め、ジャンルが生まれる。

今まで「異世界転生もの」に持っていた自分の偏見を改めたきっかけは、仕事の関係で読みだした「オーバーロード」だった。

小説家志望者による投稿サイトは、承認欲求を満たすために、ランキング上位の作品をみんなが真似まくる。若者は、今の現実に閉塞感を持っていて、物語で現実逃避したがっている。その結果、流行っているのが「異世界転生もの」だ。そんな偏見を僕は持っていた。

しかし、ランキング上位の作品を真似るのが理由だと、中国でも異世界転生ものが大人気なことが上手く説明できない。

2000年くらいまで、ファンタジーや過去へのタイムスリップが物語で描かれるとき、主人公は、自分の身体のままトリップしていた。古くは『オズの魔法使い』『ネバーエンディング・ストーリー』、『マトリックス』、『JIN-仁-』などだ。

現実では、特別ではない自分の才能が、異世界では特別になる。そこに物語の気持ち良さがあり、読者の自己肯定感が満たされた。

環境が変われば、成功するかもしれない、という物語にリアリティがあったのだ。

一方、異世界転生ものは、異世界に転生した時に、名前も姿かたちも全てが変わる。現実世界の自分を全部リセットして、異世界のなかで成功体験を得る。

これからテクノロジーの進化により、バーチャル空間でアバターで多くの時間を過ごすようになる。 

その時、僕らは授かった生身の身体の制約から解かれて、様々な自分になる。アバターでは、姿かたちだけでなく、性格や立ち振る舞いも変わってくる。そして、新しい世界では、現実とは全く違う人間関係が築かれる。SNSの世界では、新しい人格を生み出すことも可能だが、現実での実績も大きく関係してくる。しかし、VRの世界であれば、全てがリセットされる可能性がある。

異世界転生ものは、未来の生き方の予行練習なのだ。

異世界転生ものを、僕らの世代は、都合が良すぎる話だと思う。しかし、今の能力をそのまま別世界に持って行けることの方が、都合が良すぎるのではないか。リセットしないといけない方が、新しい世代には、リアリティがあるのかもしれない。

ファンタージーとタイムスリップに、よりリアリティを求めた結果、生まれたのが、「異世界転生もの」ではないのか? ファンタジーやタイムスリップという今までの妄想が、時代に合わなくなり、リアリティが減ってしまった結果、生まれだしたのではないか。

明治時代、西欧文化が輸入され、個人とは何かを誰もが意識的、無意識的に問い直す中で、「私小説」というジャンルが生まれた。「異世界転生もの」は、「私小説」と同じくらい普遍的なジャンルかもしれないと、僕は考え始めている。

明治期は、「社会から個人へ解放」が、一人の内面と向き合うことを促した。同じように、今は「個人から分人へ。一つの肉体から複数のアバターへ」が、違う世界で生きる場合の想像を促している。

分人主義を唱えた平野啓一郎の『私とは何か』は、「異世界転生もの」とすごく遠いようにみえて、実は繋がっているのかもしれない。

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