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「美しさ」に挑戦している人は誰だ?

僕がほとんどの新人作家に言う言葉がある。

「何が伝えたいの?わかりやすく!」

世間では、わかりやすく!わかりやすく!という言葉が連呼されている。僕もモーニングに配属された時、「佐渡島くんの話は、わからない。カッコつけてるのか。もっとわかりやすく話せ」そんなことを、編集部でも、飲み会でも言われ続けた。

noteで話題になる記事も、どうやってわかりやすく、たくさんの人に伝えるのか、という情報が多い。スマホになって、情報が溢れ、一瞬で興味を惹きつけるわかりやすさがないと、どれだけいい作品でも見向きもされない。

「わかりやすさ」は大切な概念だけど、実は僕は好きじゃない。でも、ビジネスとしてコンテンツと関わるのなら、そんなことは言ってられない。

文学に興味を持ち出した中学時代の僕が憧れたのは、「わかりやすさ」ではなく、「美しさ」だった。

僕が敬愛する遠藤周作は、いつも吉行淳之介の文章の美しさに憧れていた。それで僕も吉行淳之介の文章に憧れた。原民喜も遠藤周作の影響で読んだ。三島由紀夫、谷崎潤一郎の文章の美しさも理解したいと思って、背伸びをして読んだ。

「美しさ」は、わかりにくいものだった。僕みたいな未熟者に簡単に理解できるものは、美しくなかった。

大学時代に出会ったアン・マイクルズの小説『儚い光』の美しさは、僕をノックアウトした。

今でも『儚い光』をはじめて読んだ日の興奮を思い出す時がある。普段ならありえないのだが、本の中の世界に浸ってしまって、駅を乗り過ごしてしまった。これは電車の中で読むような本ではないと、その日は大学をサボって、家にこもって最後まで一気に読んだ。マイクルズの文章は、圧倒的な美しさで、翻訳されてもその美しさは十分保たれていた。

同じくらい僕が美しさに圧倒されたのは、平野啓一郎の『葬送』だ。読んでいる途中から、物語の展開だけなく、文章の美しさにただただ感動をし始めた。文章を読みながら浮かび上がってくるのが、風景ではなかった。美しい風景だった。ショパンとドラクロワの精神的な美しさが、全ての描写にも影響を及ぼしていると感じさせられるような文章だった。

平野啓一郎と出会い、一緒に打ち合わせをするようになって、僕がいつも言っていたのは、どうやって「わかりやすく」するかだった。美しさよりも、わかりやすさを優先していた。

今、平野啓一郎と新作の打ち合わせをしている。

<追記(19.08.22)>
いよいよ平野さんの新作小説の情報が解禁になりました!タイトルは『本心』。9月6日より新聞連載が始まります。詳細は、コチラのページからどうぞ!
https://k-hirano.com/infomation/3422

その文章が圧倒的に、美しい。「わかりやすさ」と「美しさ」、その両方に平野さんは挑戦している。

新作の原稿を読みながら、僕はこのような美しい文章に憧れていたのだよなぁと中学時代の気持ちを、かなり久しぶりに思い出した。

周りを見渡しても「わかりやすさ」と「刺激の強さ」のオンパレードで、エンタメであろうとしながら、美しさに挑戦しているクリエイターはほとんどいない。

平野啓一郎は、誰も登ろうとしない「美しさ」の山に果敢にチャレンジをする孤高の存在だと、改めて感じた。平野さんのこの新作が、単行本として世の中に出るのは、まだ2年ほど先。今、僕が美しいと感じている状態から、まだまだ磨かれていく。それが世に出た時、世間は、美しさにどんな反応をするだろう。

「美しさ」への挑戦。これはすごくわかりにくくて、ネット上でバズるようなものではない。でも、すごく重要な、静かに注目した方がいいことじゃないかと思ってる。


「マチネの終わりに」の中で、僕が美しいと感じた本の一部を引用する。

"彼は、自分はもう、洋子を愛したように誰かを愛することはないだろうと思っていた。そんな早まった考えは、十代の少年の、瑞々しい失恋にこそ相応しいようであるが、その実、彼は、四十歳という年齢の故に、むしろ無知とは真逆の静かな諦念によって、ゆっくりとそう結論を下したのだった。"(マチネの終わりに)
"極大なものは極小である、といった神秘主義的な撞着語法には、実感のための秘密の出入口があった。アポロの隊員が月から眺めた地球の映像を見ながら、蒔野は、この広い惑星の上で、洋子に出会うための確率といったようなことを考えた。それは、人為的には決して実現不可能な出来事であり、しかし、その偶然を、まるで必然であるかのように繫ぎ止めておくために、人間には、愛という手段が与えられているのではないか。"(マチネの終わりに)


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