佐渡島庸平(コルク代表)
正しさへの妥協が、作家の味を生み出す
見出し画像

正しさへの妥協が、作家の味を生み出す

佐渡島庸平(コルク代表)

創作に関わっていると、「味がある」とは何かとよく考える。作家性とも言えるかもしれない。

味や作家性とは、いつ生まれ出すのか?

マンガ家に限らず、何かしらの領域で一流を目指している人たちは、まずは「技術」を学ぶ。たくさん真似て、型を身につける。思考せずにすむように、体に覚え込ませる。無意識にできるようになることが一番いい。

だが、技術を習得すればするほど、みんな同じになっていく。下手な時のほうが味があったと言われてしまう。技術によって、作家性が隠れてしまう。

技術には一定の正解がある。きれいな線、崩れていないパース。技術を極めていくと、表現は似てくる。技術とは体系化されていて、何が正しくて、何が正しくないのかを全員が共通認識できる。正しいことをやろうと追求すると、教科書通りのものとなり、個性が消えていく。

ここ数年で、多くの人がデジタルでマンガを描くようになった。デジタルのすごいところは、何度も絵を修正ができるし、ツールが様々な技術的なサポートをしてくれる。

『宇宙兄弟』もデジタル原稿になった。時間短縮のために導入したのだけど、アナログで描いていた時よりも、原稿を完成させるのに時間がかかるようになってしまったらしい。何度でも直せるため、見直して、おかしいと感じたところを直してしまう。

新人マンガ家たちを見ていても、何度も描き直せたり、ツールのサポートが充実していることから、技術的に優れている「正しい絵」により仕上げていこうとする人が増えているようにも感じる。

だが、技術的に正しい絵は、どれも似てる。正しいことを追求して、何度も書き直すことで、逆に味が薄れていく。

紙でマンガを描いている時は、何度も修正できないので、ある程度のところで自分の絵に妥協し、多少の不満はあっても作品として提出するしかなかった。正しさにこだわりたくても、こだわれなかった。それが、本人も意図していないところで、作品の味となっていた。

妥協する時は、何の表現は諦めて、何はこだわり続けるかと優先順位をつけることになる。妥協を正確に言うと、優先順位決めだ。表現の優先順位の中に、作家の味は生まれるのだろう。

デジタルだと、何度も直せるだけでなく、締め切りも伸ばせる。自由すぎることは、実は作家を苦しめる。

5回しか修正できないとか、10日でできたものを完成とすると締め切りを設けるとか。技術によって、自由が担保されようとしてきているので、制限をどう作るかを作家は、真剣に考える必要がある。他者と話し合いで作り、両者の納得を目指すのも、制限になる。

技術を磨いて、自由になろうともがき、自ら制限を設け、妥協をしていく。

技術を高めたうえで、技術的な正しさをどう手放すか。正しさへの諦め、妥協が味を生み出すとも言える。

一見、矛盾しているように思えるこの2つを同時に実現することが、作家性のあるクリエーターを育てる重要な鍵ではないかと考えている。

この記事を書いていて、新人時代の小山さんのエピソードを一つ思い出した。

新人時代の小山さんはフリーハンドで絵を描いていた。それを見て、もっと多くの人に読みやすい線になるように、定規を使って線を描くようにアドバイスをした。フリーハンドの絵は独特の味わいがあるが、多くの読者にとってはきれいな線で描かれている作品のほうが読みやすくて、ヒット作品になりやすい。

その後、小山さんはすぐに定規を使って描くようになった。だが、『ハルジャン』を連載していた時、アシスタントさんが小山さんの事務所の定規が使いにくい言っているのを聞いた。それで、話を聞いてみると、小山さんは定規にカッターでギザギザの細かい刻みを入れていた。

そのギザギザ定規を使うと、線がまっすぐでも、微妙にゆらぎがある。ぱっと見では気づかないくらいの細かさだが、線の持つ情報量が増えて、その方が小山さんは好みらしい。

さらにその後、もっと納得のいく線を描けるようになり、アシスタントが普通の定規を使って背景を描いても、満足できる仕上げをできるようになったらしい。

飽くなき追究と適度の諦めがあるエピソードだと思う。そんな風に試行錯誤する様子に、この後、さらに成長しそうだと感じた。

デジタルの試行錯誤は、まだ始まったばかり。

妥協するために、どんな制限を小山さんは思いつくのか、作品だけでなく、そんなことを楽しみにするのも編集という仕事の醍醐味だ。

今週も読んでくれて、ありがとう!この先の有料部分では「最近読んだ本などの感想」と「僕の日記」をシェア。日記には、日々、どんな人と会い、どんな体験をし、そこで何を感じたかを書いています。子育てをするなかで感じた苦労や発見など、かなり個人的な話もあります。

また、月800円の『コルク佐渡島の好きのおすそ分け』マガジンの購読者になると、毎週水曜日に更新される記事の有料部分だけでなく、その他の有料記事も読めるようになります。

この続きをみるには

この続き: 2,986文字 / 画像2枚
記事を購入する

正しさへの妥協が、作家の味を生み出す

佐渡島庸平(コルク代表)

500円

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
佐渡島庸平(コルク代表)

購入&サポート、いつもありがとうございます!すごく嬉しいです。 サポートいただいた分を使って、僕も他の人のよかった記事にどんどんサポート返しをしています!

その反応が、自己分析のきっかけになります!
佐渡島庸平(コルク代表)
コルク代表・佐渡島のnoteアカウントです。noteマガジン『コルク佐渡島の好きのおすそ分け』、noteサークル『コルク佐渡島の文学を語ろう』をやってます。編集者・経営者として感じる日々の気づきや、文学作品の味わい方などを記事にしています。