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今年を象徴するテーマ「喪が明ける」

「作家は炭鉱のカナリアである」

これは、ぼくの大好きな作家であるカート・ヴォネガットの言葉だ。

昔、イギリスやアメリカの炭鉱員が地下に降りるとき、行列の先頭の人はカナリアのカゴを持って炭鉱に入った。カナリアは人間に感知できない無色無臭の有毒物質に反応する。カナリアの歌声が止まることは、炭鉱内に有害ガスが蔓延していることを意味し、炭鉱員たちはいち早く危険地域を避けることができた。

カート・ヴォネガットは、炭鉱のカナリアのように、作家とは時代の空気をいち早く感知する生き物だと行っている。そして、意識的にしろ、無意識的にしろ、作家は自分が感じた「時代の空気」を作品に投影していく。

職業柄、ぼくはヒット作品と呼ばれるものに意識的に触れるようにしているけれど、それらに含まれている「時代の空気」とは何かを考えるようにしている。世の中に広く受け入れられている物語を通じて、現在という時代について考えるのが昔から好きなのだ。

そこで、2022年を象徴するような作品について考えていくと、あるひとつのテーマが共通して語られていることに気がついた。

それは「喪が明ける」こと。

例えば、映画『ドライブ・マイ・カー』は、「あの日、自分が違う行動をしていたら、相手を救えていたかもしれない」と罪悪感を抱えながら生きてきた男女ふたりが、自分の失ったものと向き合い、やっと過去を受け入れることができるようになる姿を描いている。

映画『すずめの戸締り』では、東日本大震災によって母親を亡くしてしまった主人公が、不思議な体験に巻き込まれるなかで、ようやく過去や自分の気持ちと向き合い、再出発していく姿を描いている。

今年映画が公開となった『ある男』も、ある男の死や彼の生き方を妻である里枝が受け入れる物語だ。

また、驚いたのは、公開されたばかりの映画『THE FIRST SLAM DUNK』だ。映画にはオリジナルストーリーが足されているが、その部分で語られていた内容も「喪が明ける」だった。詳しくは語らないが、ある登場人物が家族の死と向き合い、一歩を踏み出していく様子が描かれている。

もちろん、2022年に映画公開ということは、脚本はもっと前に作られていたはずだし、公開時期が2022年にたまたま重なっただけかもしれない。

ただ、東日本大震災から10年が経ち、新型コロナウイルスによる混乱から社会が立ち直りつつある2022年において、「喪が明ける」ことを描いた作品が立て続けに公開されたことを偶然とは思えない。

ここ数年間を振り返ると、震災から時間が経ち、過去や現在と向き合いたいと思っても、新型コロナがあったりして、落ち着いて向き合うことが難しかった。現在も世界情勢は不安定で、政治も経済も明るいニュースは少なく、先行きを不安に思う人も多いだろう。

でも、どこかで区切りをつけて、気持ちを切り替えて、進んでいかないといけない。また、過去を受け入れて、今を生きていかないといけない。そうした時代の空気が、自然と作品たちに吸い込まれていったのではないか。

当然、作品ごとに向き合う過去も、向き合い方も変わる。共感できる作品が見つかれば、観客自身の「喪が明ける」キッカケになるかもしれない。そうした力が物語にはある。

今年を代表する作品がどれも喪が明けることをテーマにしているということは「日本全体の喪が明け、来年はフェーズが変わるのではないか」と根拠のない期待をしてる。作家のカナリアとしての能力をいつもすごく実感しているから。


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この先の有料部分では「最近読んだ本などの感想」と「僕の日記」をシェア。日記には、どんな人と会い、どんな体験をし、そこで何を感じたかを書いています。子育てをするなかで感じた苦労や発見など、かなり個人的な話もあります。

また、今週から新しい試みをします。入社したての日誌も、以前公開したけれど、そのぼくがどのようにして編集者としての考え方を身につけていったのかを連載形式でシェアしていきます。コルク社内の中堅社員にインタビューをしてもらってまとめた文章を、日記とかの一緒に有料部分で公開します。

入社一年目のぼくが最初に考えていたこと

新卒で入社した当時は、「会社に対して赤字を作っている」という意識が強かった。

井上雄彦さんの『バガボンド』を担当させてもらったのは宝くじが当たったような気持ちだったけれど、実際の現場では、先輩から仕事を教えてもらう立場で、ぼくだからできることは何一つ無かった。

ひとり立ちしたい。そのためには、作家と一緒に作品を立ち上げなければならない。

とにかく最初は会う人会う人に、どういうことをやりたいのかを飲み会で話していた。自分がどんな人間なのかを知ってもらうことだけが、唯一できることだった。自分に仕事ができると全く思っていなかったので、飲み会に行って、いろんな話を聞きに行くのが自分の仕事だと思っていた。自分にできる仕事を渡してもらえるなんて、図々しくて、期待もしていなかった。

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表では書きづらい個人的な話を含め、日々の日記、僕が取り組んでいるマンガや小説の編集の裏側、気になる人との対談のレポート記事などを公開していきます。

『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…

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