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1番を目指すのではなく、基準値を上げる ── 『EN TEA』丸若裕俊さんが挑戦する、お茶の再構築

伝統工芸を新たな視点で再構築・プロデュースして発信してきた人がいる。「日本伝統文化の再生屋」とも呼ばれる丸若裕俊さんだ。

その丸若さんがこれまでの自身の経験を活かして、お茶を通して日本文化を伝えるため、2016年に茶葉ブランド『EN TEA』を立ち上げた。

お茶というと「茶道」を思い浮かべる人が多いと思うけれど、丸若さんのアプローチは少し違う。彼がやっているのは、ぼくたちの生活の中にあるお茶の基準値を上げようという試みだ。『EN TEA』の水出し茶は、ボトルにティーバッグの茶葉と冷水を入れて、30秒ほどシェイクするだけで、おいしいお茶が飲めるというもの。忙しい現代人でも質のいいものを手軽に取り入れられる。

丸若さんがどうやってお茶に出会ったのかや、彼が目指しているものを聞いた対談の様子を、コルクラボのメンバーが記事にしてくれたので、共有します。

<記事の書き手 = 北村侑子、編集 = 井手桂司

丸若裕俊(まるわか・ひろとし)さん
1979年東京生まれ、横浜育ち。ヨーロッパのファッションブランド勤務などを経て、2010年に日本の伝統工芸をプロデュースする「株式会社丸若屋」を設立。お茶を通じて日本文化を伝えるべく2016年に茶葉ブランド「EN TEA」を立ち上げ、ウルトラテクノロジスト集団チームラボや、サカナクションとのコラボなどでも注目を集めている。2019年にはG20大阪サミットで配偶者プログラム(1日目)の全演出を務めた。自宅の日本家屋は、隙間風がちょっと寒い。

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伝統工芸からお茶の世界へ

佐渡島:
もともと日本の伝統工芸に携わっていたんですよね。

丸若:
はい。僕がつくるわけではなく、裏方がメインでした。新卒で入ったアパレルの会社が海外を行き来するところで、ヨーロッパの文化を通して改めて日本を見たときに、当時の若者は、無理をして海外の文化をコピーしているような印象を受けました。

そんなときにたまたま石川県の九谷焼に触れて衝撃が走ったんです。日本にはないと思っていたものが、そこにはありました。

そこに海外文化のいいところを取り入れて、独自のものを乗せて、海外や日本に伝えていくといいんじゃないかなと思ったのが始まりです。その後、会社を辞めて、バックパッカーで伝統工芸を見てまわって、その魅力を発信したり、プロデュースしたりしていきました。

佐渡島:
僕の会社の湯呑みも、丸若屋で買わせてもらった九谷焼でした。そこからどうやってお茶に出会ったんですか?

丸若:
だんだん海外のニッチな人たちからオーダーが来るようになって、色んなご縁が繋がって、パリのパリ・サンジェルマン地区でギャラリーショップ『NAKANIWA』を、やることになりました。フランスでカフェが生まれたと言われているような場所です。

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佐渡島:
あの店舗は本当にかっこよかったですよね。

丸若:
顧客は、たとえばエルメスとか、貴族階級の方々が多かったです。その中で、どういうものが求められているか、日本の最高峰として何が正解なのか、自問自答しつづけました。

当時は日本に住んでいたので、お土産にお茶を持っていっていました。理由は単純に小さくて軽くて腐らないから。いろんな人にお茶を配って、パリでどういうものがうけるのか、無意識にトライアンドエラーを繰り返していくうちに、お茶の魅力を知って。そのタイミングで、パートナーである栽培家の松尾俊一に出会いました。

この出会いに、僕の道具をつくるネットワークや物事をよく見せるノウハウなど、今まで自分がやってきたことが全部ハマったような気がしたんです。僕の使命は、お茶を通じて日本文化を伝えることだと。


自分を突き動かすクリエイターの存在

佐渡島:
お茶を通じて日本文化を伝えるにあたって、丸若さんは何からはじめたんですか?

丸若:
松尾俊一という、お茶に精通している人間がいたことが大きいです。彼のすべてを信じて、僕は改めてお茶のことを頭の中で整理していきました。彼はつくり手なので、僕以上に言葉が行ったり来たりします。その中で彼が本当に言いたいことは何なのかなって。

佐渡島:
僕が作家に惚れ込むのと同じ感覚で松尾さんに惚れ込んで、その人の持っているものをどうやって世の中に広めようとしているかということですよね。

丸若:
佐渡島さんは僕とはジャンルが全然違うけど、はじめてお会いしたときに、こんなに高精度で同じ感覚でやっている人がいるのかと思った記憶があります。いいクリエイターがいて、その人の何が強みなのかを突き詰めるというか。

佐渡島:
『宇宙兄弟』の作者である小山宙也さんに新人の頃から何度も言っているのは、小山さんは10万人ではなく、100万人が感動する物語を書いてはじめて成功。僕はたくさんの作家に会っているけど、そう感じることは滅多にないから、100万人に挑戦してほしいんだと。

丸若:
すごくわかります。松尾が嬉野や日本のお茶業界の中だけでなく、多くの人たちの生活をハッピーにする能力を持っているから、いても立ってもいられませんでした。


最高に履き心地の良いスニーカーのようなお茶

佐渡島:
その後、どのようにしてブランドをつくっていったんですか?

丸若:
お抹茶と玉露の二つはしないって決めました。この二つをやらないこととして選ぶのは、あまりないことなんですが、結果的にそれがよかった。

佐渡島:
どういう経緯でそうなったんですか?

丸若:
お茶の業界は、「自分のお茶が一番おいしい」と国に認めてもらう競い合いの仕組みになっています。でも、僕はそれはナンセンスだと思って。例えば、醤油にしても、九州・東京・東北など各地でおいしいの基準値は異なっていて、どの醤油もおいしいですよね。

だから1位2位を取るのではなく、僕たちは基準値をつくろうよと。今はペットボトルのお茶の基準値について考えていて、僕たちの使命は、その基準値を上げることです。

佐渡島:
お茶というと玉露で飲むお茶が一番みたいなイメージがありますが、そこではないんですね。

丸若:
たとえば、靴で表現すると、抹茶や玉露はドレスシューズです。かっこよくて、職人の技術もすごいし、靴としては最高峰。でも僕たちがつくりたいのは、スニーカーです。スニーカーにもいろんなブランドがあって、極端に言えば100円で買えるものだってある。その中でも、僕たちはどこにいてもかっこいいねって言われて、素材も履き心地も最高にいいスニーカーをつくりたい。

お茶の話をしているときに、論点がずれていると感じることがよくあって。ドレスシューズの話をしているのに、ナイキのここがいいって話をしていたら、噛み合うわけがない。どれが良い悪いじゃないんですよね。僕は平和主義というわけでもありませんが、それぞれが認め合ってその中でやろうよって。

そうやってつくったのが『EN TEA』の水出し茶で、僕たちの指針になっています。

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どんな人にもわかるように味を再現するのがプロ

佐渡島:
商品開発をしていく中で、むずかしさを感じる部分はどこですか?

丸若:
松尾をはじめとする開発チームには、自然が近くにいて、温泉街で、季節の移ろいを感じられる生活のBPM(テンポ)があります。一方で、僕たちのお茶を消費するのは都市圏の方々が多くて、彼らの生活のBPMがあります。

開発チームがおいしいって思うものを、別の生活のBPMにいる人たちにもおいしいって思ってもらうために、どうやってチューニングするか。どうせわからないから、適当にやっとけばいい、だと意味がないんですよね。

ミュージシャンの仲間の言葉を借りると、CDは全部の音を再現できていないけど、多くのミュージシャンは仕方ないからそれでよしになっているらしくて。そうじゃなくて、同じ効果を与えられるように最終チューニングするのがプロであると。

お茶もそういう感覚で味の微調整をしていく。濃い薄いで言うとナンセンスなので、「味をはっきりさせる」と言っています。

佐渡島:
なるほど。

丸若:
工芸もそうなんですが、今の自分のことを好きなファンの人たちが集まってきちゃうと、こうあってほしいという型にハメられるから、周りが見えなくなるんですよね。それで成長しなくなってしまうので、僕はそれがもったいないと感じていました。

その型を放って、会ったこともないような人たちにたくさん会って、その人たちにお茶を飲んでもらって率直な意見をもらいました。もちろん自分たちもひたすら飲みつづけて。そういうことを繰り返してひたすらサンプルをつくっています。


『EN TEA』がつくりたいお茶は、日常にあるもの

佐渡島:
丸若さんは、渋谷に『GEN GEN AN』という店舗もつくりましたよね。この名前の由来は何ですか?

丸若:
海外に日常のお茶を伝えたい。そう考えたときに、日本茶の普及の歴史を調べてたどり着いたのが『売茶翁(ばいさおう)』という人物で、「煎茶道(せんちゃどう)の祖」といわれている偉人です。

売茶翁は、江戸時代中期の京都、つまり千利休が確立した抹茶の茶道が全盛の時代に、あえてそのアンチテーゼとして煎茶をカジュアルに振る舞う茶店の主として、文人サロン的なことを主宰していました。そこに伊藤若冲とか、当時の最先端の文化人が集まっていました。その話を聞いたら、イメージがどんどん膨らんでいったんです。

当時の文化の中心が京都。ならば、今の文化人が集まる場所のひとつは間違いなく渋谷です。多様な価値観が交差する渋谷は日常のサロンになる可能性がある。そして、売茶翁が亡くなった場所が「幻幻庵」という通説があり、それでこの店名にしたんです。

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佐渡島:
煎茶道と茶道の違いとは何ですか?

丸若:
僕の解釈だと、茶道には「禅」の考え方が含まれています。禅の世界では、トイレ掃除をしているときも、寝ているときも、生活の全てが修行と見做されています。その中で、座禅は禅の考えを理解し、体感する効率的な手段のひとつです。そして、禅の考えを取り入れて、千利休が考え出したのが茶道です。

一方、煎茶道には、お金を持っていて余裕があったり、知的好奇心が高い人たちが集まっていました。煎茶道で最高地とされているのは中国で、当時の中国は日本において海外の象徴であり最先端。煎茶道はそういう中国の文化に触れながら、お茶を楽しむっていうのが起点であり、すごく重要です。

もう少しわかりやすく言うと、フランス映画が好きな人たちがワインを持ち寄って、フランス文化を話しながら飲む会みたいな感じです。それが煎茶道。僕のやりたいことに近いなと思いました。

佐渡島:
煎茶道の方が茶道より日常なんですね。

丸若:
そうですね。起点は中国ですが、その後どういう人たちがやっていたかというと、左遷されてリタイアを余儀なくされた文人と言われる、元官僚とかの間で広まっていきました。彼らは掛け軸とかを見て、「何で俺はこんなんなんだろう」とかぼやく(笑)。そういうのを楽しむっていうのが、煎茶道の基本だと僕は理解しています。

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クールな人生より、ドラマチックな人生を

佐渡島:
お茶づくりを始めて、渋谷に店舗もつくって、実際に商売をスタートさせてみて、気づいたことはありますか?

丸若:
相手がハッピーな状態だったら、たいていの飲み物はおいしいって思って飲んでもらえることです。多くの人は五感を過度に信じているけど、誰とお茶を飲むか、ご飯を食べるかで、人間は誤作動を起こします。どんなにおいしいものを出されても、すごくむかつくやつと食べたら絶対においしくない。

『GEN GEN AN』をつくるとき、居心地のいい状態をつくりだす空間って何だろうと考えながら、ヨーロッパ、アメリカ、台湾、アジアを2ヶ月かけて旅しました。心地いい空間づくりは、いつも気にしていることですね。

また、フランスのワインに『テロワール』という文化があって、ざっくり言うと、「その土地の味って、すばらしい」という意味合いです。かっこよく聞こえるけど、土から生まれるという意味で、日本語のお土産と同じ。

だから渋谷らしさをどう演出するかとか、パラサイトすることじゃないなと思って。その土地の良さを引き出して、その先にお茶があるってなるといいなと。もう一店舗を銀座でもやっていますけど、銀座らしさとは何かっていうのを、お茶とつなぎ合わせています。

佐渡島:
丸若さんが、これから挑戦したいことは何ですか?

丸若:
古物の魅力って、何千年も埋まっていたかもしれないけれど、手にした人たちがそれを残しておかなきゃって思えることですよね。お茶に限らず、有形でなかったとしても、信念として繰り返しバトンタッチしていって。お茶の文化もそうやって続いていて、しかも現代でそれを味わえるというところがドラマチックだと思うんです。

言葉にすると少しこそばゆいけど、クールな人生より、ドラマチックな人生の方が絶対良くないですか。僕はそれをしていきたいですね。

佐渡島:
伝統工芸を知り尽くしている丸若さんだからこその視点ですよね。お茶を通して表現されていくのを楽しみにしています。

(終わり)

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佐渡島庸平(コルク代表)

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コルク代表・佐渡島のnoteアカウントです。noteマガジン『コルク佐渡島の好きのおすそ分け』、noteサークル『コルク佐渡島の文学を語ろう』をやってます。編集者・経営者として感じる日々の気づきや、文学作品の味わい方などを記事にしています。