成長を加速させる、“夢の舞台”がもたらす力
「人の成長を爆発的に加速させるために、必要なものは何か?」
編集者として、多くの新人作家の育成に関わる中で、幾度となく考えてきた問いだ。そして、その答えとは、心から嬉し涙や悔し涙を流せるような「夢の舞台」ではないだろうか。
先日、インドネシアのジャカルタに訪問した。
その理由は、マンガ家の三田紀房さんが共同発起人をつとめている『アジア甲子園』が開催されたからだ。
このプロジェクトの発起人は、元プロ野球選手の柴田章吾さんだ。
柴田さんは中学時代に難病を患い、「このまま野球を続けたら命に関わる」と医師に告げられながらも、野球を続ける道を選んだ。その原動力となったのは、甲子園という夢の舞台だった。柴田さんにとって、甲子園の存在は生きる力そのものだったと言う。
甲子園という舞台をアジアに再現することで、甲子園がある感動をアジアの子どもたちに味わってもらいたい。そして、野球を通じて、国際交流の機会を創っていきたい。そうした想いから、柴田さんはこのプロジェクトを立ち上げた。
その柴田さんの想いに賛同して、三田さんも共同発起人となり、その流れでぼくも手伝うことになった。最初に話を聞いたときは、あまりにもスケールの大きい計画だと感じたが、柴田さんは現地の関係者と信頼を築き、共感してくれるスポンサーを見つけ、この壮大な計画を現実のものとしたのだ。
第1回大会はジャカルタで開催され、インドネシア国内の州対抗戦として8チームが参加。5日間にわたり、全16試合の熱戦が繰り広げられた。
甲子園らしい雰囲気を再現するため、運営側もさまざまな工夫を凝らしていた。最終日のエキシビジョンマッチではチアリーダーやブラスバンドが会場に駆けつけ、高校野球でおなじみの応援風景が生まれた。その光景に、会場全体が一体となる熱気を感じた。
ぼくも現地で観戦していたが、三田さんは「大会の数日間で、選手たちが驚くほど成長している」と語っていた。その成長は、各選手のプレーだけでなく、チームメイト同士の声がけや連携からも感じ取ることができる、と。
全力でプレーする選手たちのひたむきさも、この前例のない大会を成功させるために奔走した運営の人々の熱量にも、心を動かされっぱなしだった。
しかし、何よりも心に残ったのは、アジア甲子園の試合を見る三田さんの姿だった。
その中でも最も心に刻まれたのは、優勝チームが決まった瞬間だ。選手たちは喜びを爆発させ、抱き合いながら涙を流していた。その姿はあまりにも眩しくて、見ている者の胸を強く打った。
そんな光景を目の当たりにして、三田さんは「選手のみんなが泣いているよ」と涙声でつぶやいた。選手の成長を心底喜んでいる三田さんを、ぼくは尊敬した。
選手たちの成長を目の当たりにした感動。そして、彼らが優勝の喜びに嬉し涙を流すほど熱くなれる大会を実現できたという達成感。おそらく、さまざまな感情が三田さんの胸の内で交錯していたのだろう。
このアジア甲子園の開催に、三田さんが惜しみなく力を注ぐ背景には、甲子園という舞台への恩返しの想いがある。
三田さんは高校野球を舞台にした数々の作品を手がけてきた。もし、甲子園という夢の舞台や、それを目指す高校球児たちの姿がなければ、そうした作品は生まれることはなかった。だからこそ、甲子園という文化の発展に貢献していきたいという想いが、三田さんを動かしているのだろう。
甲子園に恩返しをするだけでなく、新たな甲子園の舞台を生み出していく。
そのことのために多額の寄付だけでなく、自分の時間費やすことができる人は、世の中にどれだけいるだろう。
三田さんの姿を目の当たりにして、その生き方に心からの尊敬の念を抱いた。コルクではビジョンのひとつに「Realize」という言葉を掲げているが、ぼくらが目指す「Realize」とは、まさに三田さんのように、自分を育ててくれたものへ感謝を形にしていくことではないだろうか。
2025年以降、アジア甲子園はインドネシア以外の国々でも開催が予定されており、さらなる大会規模の拡大を目指している。挑戦を続ける柴田さんや三田さんを、これまらもサポートしていきたいと強く感じた。
そして、アジア甲子園での経験を通じて、こうした夢の舞台を用意することが、いかに人の成長を促すのかを改めて実感させられた。
では、マンガ家にとっての「甲子園」とは何だろうか。有名マンガ誌での連載デビューをその舞台と考える人もいるだろう。一方で、メディアをもたないコルクのような会社で、作家やクリエイターたちが嬉し涙を流せるような舞台を用意するには、どんな形が考えられるだろうか。
それを真剣に考えて、仕組みへの昇華していくことを、今年のテーマのひとつにしたい。
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コルク佐渡島の『好きのおすそわけ』
『宇宙兄弟』『ドラゴン桜』などのマンガ・小説の編集者でありながら、ベンチャー起業の経営者でもあり、3人の息子の父親でもあるコルク代表・佐渡…
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